鎖国よ今一度…

 美子のトイレ・サービスが終わるのを待っているとき、整理のためたまたまテーブルに置いてあった、いいだももの『猪・鉄砲・安藤昌益』(農山漁村文化協会、1996年)に眼が行った。ぱらぱらページをめくっていると、こんな文章にぶつかった。

「鎖国の平和とともに鉄砲が「忘れられた兵器」となってしまった、というかつての飯塚浩二説は、今日では、ノエル・ペリンの『銃を捨てた日本人――日本史に学ぶ軍縮』(川藤平太訳、紀伊国屋書店)となって、いうならば世界的定説となるにいたっています。これは歴史についての無責任な健忘症ではなくて、むしろ暴走の行き詰まり(デッド・エンド)から正常な歴史の大道へとひきかえしてゆく人間の「忘却」能力=選択能力を意味しているのであって、殺傷兵器から花火へのこの徳川期的転換能力が、ひとつの比喩的モデルとしてでも、原爆・核兵器、毒ガス・化学兵器、細菌戦・生物兵器などを21世紀の核廃絶・全面軍縮へ向けて扱ってゆく上でのモデルとなって、それらのジェノサイド・エコサイドの武器を「忘れ去り」「すてる(断念する)」上で全世界的に参考になるとするならば、それ自体はたいへん結構なことでしょう。」

 いささか回りくどい文章(失礼!)であるが、要するにこれまで否定的にのみ解釈されてきた鎖国時代の再評価が必要という私がようやくたどり着いた考えの傍証になるべき見解だということである。1543年、ポルトガル人によって種子島に伝えられた鉄砲の技術は、瞬く間に改良され、普及し、一時は同時代のヨーロッパのどの国よりも鉄砲保有数の多い国になっていたことを今回初めて知った。ところが鎖国によってそれら殺傷兵器は、せいぜい畑を荒らす猪を脅すためや「鍵屋、玉屋!」の花火へと使用法・対象を転換したわけだ。

 片やヨーロッパやアメリカでは、殺傷能力をさらに高める改良が進み、その果てが核兵器へ、そして平和利用というサギまがいの美名のもとに原発へと進化した。もちろん明治維新以後の日本も、そうした軍拡競争に邁進し、中国では731部隊による細菌兵器にまで手を伸ばしたと思ったら、現在はキナ臭い軍事立国、平行して原発大国を目指している。徳川期の平和構築の知恵をかなぐり捨てての狂奔である。またぞろその悪癖がぶり返して、安倍政権によって従来の武器輸出三原則が骨抜きになりそうな事態にもなっている。要するに歴史に学ぶ姿勢は一切なく、日本人が本来持っていた美質を捨て去るの愚を冒しているわけだ。

             「鎖国よ今一度…」
           外国からは
            真理とまごころだけ
            を受け入れよう

           その他のことは
            つつましく内輪で
            考えてみよう

 この詩ともいえない断章を書いたのは、1964年十二月、今からちょうど半世紀前、このあいだ土砂災害のあった広島市安佐南区のイエズス会長束修練院にいた時である。いまとなってはその真意は自分でも分からない断簡だが、国交を閉ざして排他的引きこもりをすべし、と言っているわけではない。現在ならこう言うだろう、すなわち前に進むのではなく、後ろに戻るのでもなく、今すべきは「内部に進む」こと、自己を掘り下げることだ、と。

佐々木 孝 について

佐々木孝(ささき・たかし) 1939年北海道帯広市生まれ。2歳から引き揚げまでの5年間を旧満州で暮らす。1961年上智大学外国語学部イスパニア語学科在学中にイエズス会に入会。1962年同学科卒業。5年間の修練生活の後、1967年イエズス会を退会、還俗する。同年上智大学文学部哲学科卒業。1971年清泉女子大学講師、助教授、1982年教授となる。1984年常葉学園大学でスペイン語学科の草創に参加。1989年東京純心女子短期大学・東京純心女子大学(現・東京純心大学)教授。その間、東京外国語大学、駒沢大学、法政大学、早稲田大学などでも非常勤講師を務める。2002年定年を前に退職、病身の妻を伴い父祖の地・福島県原町市(現・南相馬市)に転居。以後16年にわたり「モノディアロゴス(Monodiálogos: ウナムーノの造語で「独対話」の意)」の名を冠したブログを死の4日前まで書き続けた。担当科目はスペイン思想、人間学、比較文化論、スペイン語など。2018年12月20日、小細胞肺がんのため宮城県立がんセンターにて死去(享年79)。洗礼名フランシスコ。
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1 Response to 鎖国よ今一度…

  1. 阿部修義 のコメント:

     モノディアロゴス2002年7月12日「廃材利用の帝王」の中で、先生がこう言われています。

     「伊東静雄の【秧鶏は飛ばずに全路を歩いてくる】のクイナのように、不器用に、省略せずに、非効率的・非効果的に生きることを大切にしたいのである。」

     文章の最後で、先生が言われている真意は何かと自分なりに考えていましたら、伊東静雄の詩を思い出しました。

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