我関せず焉の世界

 数年前からこの奇妙な現象にうすうす気づいてはいた。それを漠然と「魂の液状化」などと呼んだこともあったが、数日来ようやくその現象がどういうものかが少しずつ分かってきた。要するに自分の内面が外に現れること、あるいは他人の内面を打ち明けられることを極度に、あるいは病的に、避ける傾向である。個人情報保護条例なるものは、そうした傾向を助長する、あるいは法的根拠を与えていると言ってもいい。

 もうすでに何度も書いてきたことだが、私などは常日頃、個人情報の大盤振る舞いみたいなことをやってきた。自分のことだけでなく、たとえば妻の認知症のことや排泄のことまで何の恥じらいもなく書いてきた。排泄のことまで書かれて、たとえ認知症でも奥さん可哀想じゃありませんか、と心配して(本当は非難して)くれる人がいるかも知れない。ところがどっこい、妻はもともと糞尿譚が大好きで、彼女が愛読してた本をざっと紹介しましょか。先ずは安岡章太郎さんが編んだ『滑稽糞尿譚 ウィタ・フンニョアリス』(文春文庫、1995年)という傑作アンソロジーがあります。もちろんこれは文豪・森鴎外の『ヰタ・セクスアリス』をもじったもの。他にも山田稔『スカトロジア』(福武文庫、1991年)、さらには中村博『糞尿博士・世界漫遊記』(現代教養文庫、1983年、17刷)なんてものもある。

 ドリフターズがかつてなぜあんなにも子供たちに人気があったかご存知かな? それはだね、彼らがウンコとオシッコをうまくダシに使ったからに決まっている。ETがあれほど人気が出たのも、彼の顔かたちがなんとなくウンコに似ていたからに決まっている。

 おっと話が思わず臭い方にいっちゃったので本道に戻る。そんな私でもひとには言いたくない、あるいは言う必要もないヒミツ、墓場まで持っていくつもりのヒミツなどゴマンとある。つまりそれだけ人間の内面世界は広くて深いということだ。自分の内面あるいは本心を隠そうとしている人の、そのヒミツなど、どうってことないものばかりである。ここ数年のあいだ、私のそういう考え方に反発してというか警戒して去って行った数人の人のことを思い返しても、彼あるいは彼女のナイーブさは今もって謎いや滑稽である。たとえば彼は過去に悪所通い(古っ!)をしていたとか、彼女はいま不倫をしているとか、そんなヒミツをバラしたわけではない。名前も個人データもいっさい触れないで、つまり誰からも特定されない形で、その人の書いたものを、それも非難するためではなく褒めるために引用したのに、私はそういうことに慣れてませんのでやめて下さい、と言われて仰天したこともある。

 いや他人のことは言うまい。実は身内からも数日前同様のことを言われて(手紙で書かれて)一瞬心が凍りついたようなショックを覚えたばかりなのだ。幸いその人ならびにその周囲の人はインターネットを使わないので具体的に言うと、最近連れ合いを亡くした或る身内の深い悲しみ、そしてそこからようやく立ち直ったことを記した実に感動的な手記(私のところに署名入りで送ってくれた)、その他、例の吾峰会宛ての公開書簡、叔父へ手紙(これも公開済み)、ソウル大宛てのメッセージ、のコピー(私にとっては三点セット)をその人に送ったところ、私はこのように宛て先の違う複数の手紙を読む気持ちにはとてもなれません、転送はいかがなものでしょうか(この表現、いまどきの政治家みたいで大嫌い)、とのコメント入りでそっくり返送してきたのだ。初めその意味が分からなかった。中の二つともがその人にとってもそれこそ身内に関係した文書である。あとは吾峰会とかソウル大などその人とはまったく関係の無いいわば第三者宛ての文書である。前の二つが身内のものとはいえ、確かに内面に深く関わった内容なので、どうもそれに反撥したとしか思えない。どちらにしてもその人自身の内面の深淵を見せられたようで、私の方がうろたえた、というのが本当のところ。つまり個人情報が知れれることなど屁とも思わない私でさえ、そこまで自分の内面の実相をさらけ出す勇気(?)はないということだ。

 とにかくその手紙を見て、ちょっとやそっとでは立ち直れないほど落ち込んだのも事実である。ところが、である。「捨てる神あれば拾う神あり」とはよく言ったもので、それら文書の当事者の一人と言ってもいい人、もちろん身内である、からまことに嬉しい、そして美しい手紙を受け取ったのである。きれいな便箋にきれいな字と言葉でびっしり三枚にわたって書かれたお礼の言葉そして感想である。ここまで書いたからには、もっとはっきり言えば、健次郎叔父の長女、つまり私の従妹からの手紙である。本当は全文をここで披露したいのだが、さすがにそれは止める。要するに自分の父(私にとっては叔父)に、あのように温かな手紙を書いてくれたことへの感謝の気持ちが綴られていたのである。さすが我が愛する従妹よ! 

 しかし私がもっと感動したのは、彼女にとっても身内である「あの人」の、その全編が一個の詩とさえ言えるあの手記に対する次のような言葉である。これはぜひ紹介したい。

 「ところで…さんの奥さん…の急逝にはびっくりしました。私も嫁いで以来お目にかかっていないので、お二人の記憶もままならないのですが、…の思いに触れて、わが身に迫る思いで涙が出ました。長年連れ添った人との別れは本当にお辛いものでしょうね。私達にもいつ死が訪れるか分からない残された人生、悔いのないように生きたいと思います」。

 だから人間は美しい、だから生きてるってことはすばらしい。魂が魂に触れた瞬間である。いっとき凍えていた私の魂がみるみる解け出して、温かな感動が全身を浸していった。

 われわれ日本人よりはるかに自己表出が得意な、ときにはそこまで自己を主張しなくてもいいんじゃない、と思うようなスペイン人に対してさえ、わが師ウナムーノはこんな苦言を呈している。どうして彼らは、まるで甲殻動物のようにわが身を鎧っているのだろう、どうして魂と魂が触れ合うことを避けているのだろう。そして冬の或る朝、総長官舎から大学への道すがら、歩道の並木同士が互いに地下で樹液を通わせ合っているんだとの一種神秘的な啓示に触れた体験を書いている。

 我らの梶井基次郎にもこんな言葉がある。
「 桜の樹の下には屍体が埋まつてゐる!
 これは信じていいことなんだよ。何故つて、桜の花があんなにも見事に咲くなんて信じられないことぢやないか。俺はあの美しさが信じられないので、この二三日不安だつた。しかしいま、やつとわかるときが来た。桜の樹の下には屍体が埋まつてゐる。これは信じていいことだ。」

 桜だけじゃない、人間同士も本当は互いに魂と魂で触れ合うべきなんだ。なぜ内面を隠しあって、このように冷たい人間関係を現出させているんだろう。魂をさらす、そして他人の魂に触れるのは、時には確かにタフなことだ。ウザいと思われることだってある。でも人間同士がそのように魂と魂の触れ合いを恐れていたら、生きていて他にどんな喜びがある? 

 レイモンド・チャンドラーも似たようなことを言ってたよ。「タフでなければ生きていけない。優しくなければ生きている資格がない」と。

 先日もある人とメールで話し合っていたとき、期せずして意見の一致を見た話題があった。それはケータイとかメールの普及で、これまでとは比較にならないほど便利な世の中になったが、それと反比例する具合に互いの間の真の交流が出来なくなっている、ということ。それでいて相手が自分をどう思っているかが絶えず不安なものだから、しきりに他人の動向をうかがっている。

 たとえばいま校門を出たばかりの高校生が、自転車に乗りながらまるで軽業師のように器用にメールを打っている。誰に対して? いま分かれてきたばかりの友だちに対してさ。その内容は? さあ知らんけど、他愛も無いことだろう、たとえば今晩のテレビ何見る?

 これは会話なんてもんじゃない。ちょうどボクシングで言うジャブのように、相手が離れないように、同時に余りに近く寄らないように繰り出すジャブ、あるいは野球で言う牽制球のように、相手がこちらの意に反して勝手に走り出さないように時おり投げる牽制球みたいなものなのだ。その種の「情報」がびっしり隙間も無いくらいに(幸か不幸か電波は場所をとらない)人々の間を飛び交っている。

 一昔前までは近所に必ずいたおせっかい婆さん、あるいは爺さんはいまや絶滅危惧種になっている。いやもはや死に絶えている。彼女あるいは彼は近所のガキどもに煙たがられながらも健気に子供たちの安全を守っていたものだ。しかし今あるのは、いたるところに設置された監視カメラ。でも監視カメラは危険をあらかじめ察知し知らせる頭脳なんぞ持ち合わせていない!

 最近、特に被災地の仮設住宅などで老人の孤独死が多発している。「絆」要員(なんでこんなところにこんなイヤな言葉を使うんだろ?)がドアを叩いてみたが返事がないのでそのままにして一週間後にまた訪ねても返事が無い、それでようやく変事に気づいた、などととんでもない寝言を語って、だれもその怠慢を指摘することもない。要するに下手な干渉を避けて当然と思っているわけだ。昔だったらうるさいほどドアを叩いて、それでも返事が無かったら合鍵で開けるか、それもなかったらドアを蹴り破るくらいは当然の状況なのに。

 我関せず焉(えん)の非情な世界、何がキズナだ!!!いけねえ、またキモチ悪くなってきた。今日はこの辺で止めておく。

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佐々木 孝

佐々木 孝 について

佐々木孝(ささき・たかし) 1939年北海道帯広市生まれ。2歳から引き揚げまでの5年間を旧満州で暮らす。1961年上智大学外国語学部イスパニア語学科在学中にイエズス会に入会。1962年同学科卒業。5年間の修練生活の後、1967年イエズス会を退会、還俗する。同年上智大学文学部哲学科卒業。1971年清泉女子大学講師、助教授、1982年教授となる。1984年常葉学園大学でスペイン語学科の草創に参加。1989年東京純心女子短期大学・東京純心女子大学(現・東京純心大学)教授。その間、東京外国語大学、駒沢大学、法政大学、早稲田大学などでも非常勤講師を務める。2002年定年を前に退職、病身の妻を伴い父祖の地・福島県原町市(現・南相馬市)に転居。以後16年にわたり「モノディアロゴス(Monodiálogos: ウナムーノの造語で「独対話」の意)」の名を冠したブログを死の4日前まで書き続けた。担当科目はスペイン思想、人間学、比較文化論、スペイン語など。2018年12月20日、小細胞肺がんのため宮城県立がんセンターにて死去(享年79)。洗礼名フランシスコ。
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1 Response to 我関せず焉の世界

  1. 阿部修義 のコメント:

     孤独死は日本社会の今後確実に増え続ける深刻な問題だと思います。やはり、家族関係が基本ですから出来れば家族が一緒に生活することが大切だと思います。しかし、三年前の原発事故により家族が離散されて、先生が言われているように被災地の仮設住宅で孤独死された老人の方が多発している話を聞くと、以前、自民党の政調会長が原発事故による直接の死者はゼロという発言に対して改めて憤りを感じます。積年の日本人の生き方、享楽と利己主義、つまり刹那的人生観からの脱却が必要なんでしょうが、人の生き方を変えるというのは容易なことではないと思います。親孝行とか老婆心という言葉は今の時代は死語なんでしょうか。しかし、日本人が昔から大切にしていた慣習や美しい言葉を復活させることは日本人の生き方を変えるきっかけにはなると私は思います。先生がモノディアロゴスを執筆されることは今後益々重要ですし、生き方の羅針盤として私は拝読しています。

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