或る出版社社主への手紙(一)

 初めてお便りします。お手紙を差し上げようと思った経緯を簡単に申し上げます。近くの町に住む知人が御社発行の宮本常一の本を注文したら、一緒に出版目録とPR誌「未来」の最近号3冊、それぞれ2部ずつ送られてきたので、その1部ずつをどうぞ、と郵送してきたのが発端でした。しかしこのところ読むべき本が机脇に山積しているので危うく処分するところ、ふと目にしたそのPR誌1月号の西谷さんの「出版文化再生」という文章に強く惹きつけられたから、いや失礼な言い方かも知れませんが同じ匂いを嗅ぎつけたから、です。
 
 改めて考えてみれば、小生、御社とは無縁ではありませんでした。オルテガの翻訳を確か2冊出させていただいたり、一時期御社の社長であった今は亡き小箕俊介氏とお付き合いさせていただいたこともあります。小生が静岡の常葉学園大学に勤めていましたころ、なにかの機会に氏が拙宅にお寄りくださったこともありました。
 
 そんなわけで御社のことはこの出版界大不況・大変動の中でどうなっているのか気にはしていました。しかし今回拝見したカタログやPR誌を見て、着実に良書の出版を続けておられることを知り、大変嬉しく、また頼もしく思いました。ところでお名前から察するところ西谷さんは能雄氏のご子息でしょうか。残念ながら父上とは面識はありませんが、長い間出版界のために尽力されてこられた方であることは知っておりました。どうぞよろしくお伝えください。
 
 ところでオルテガの翻訳者であるとだけ申し上げたまま私自身の紹介が遅れましたが、実は小生、今回の原発事故の被災地・南相馬在住の者です。そう申し上げれば、御社とも縁の深い埴谷雄高さん、そして同じく作家の島尾敏雄さんの本籍地であることをご存知かも分かりません。私自身、この二人の大作家とお付き合いがありました。正確に言えば、震災後に亡くなりました私の母の従弟だった島尾敏雄さんを介して埴谷さんとも知合いになりました。先祖のお墓がありながらも長い間帰省されてなかった埴谷さんを誘って、初めての野馬追い見物がてらそのお墓詣でのきっかけを作ったのも私でした。
 
 それはともかく、「未来」1月号の西田さんの文章を読んで強く共鳴したのは、その全編にみなぎる怒りです。それで続けて昨年十一月号、十二月号の連載エッセイを読ませていただき、最初の印象がさらに確証されました。特に十二月号の安倍政権の本質を突いた鋭い指摘に溜飲を下げました。安倍晋三が岸信介の孫であることは知ってましたが、明治維新以後の日本を富国強兵路線という誤った政治潮流に乗せた政治家たちが主に旧長州藩出身者であり、そのDNAが安部晋三に再び顕在化しているというご指摘に正直「目から鱗」でした。司馬遼太郎さんが生きていたら、そのご指摘におそらく共鳴されたことでしょう。暴走する安倍政権に対する最近の新聞論調のなんとも生温いこと。小生もとりわけ原発事故後、十年ほど前から始めたブログなどで、政治を含めて昨今のあらゆる風潮に危機感を覚え、ときに激しい怒りを発信してきましたが、西谷さんの舌鋒の鋭さにはかないません。ともあれその一部を引用させてください。

 「わたしは明治維新後の現代へとつながる国造りに薩長、とくに長州藩(山口県)の野望が貫かれてきていることに大いなる危惧をずっと抱いてきた。きちんと調べればわかることだが、明治政府はもとより日本軍国主義的拡張路線を推し進めてきたのは長州藩出身者だったし、戦後にかぎってみてもA級戦犯の岸信介、その弟の佐藤栄作、そして岸の孫である安部晋三まで長州藩出自の系譜が現代日本をいまだに支配しているのである。岸などは戦後、アメリカCIAの庇護によって日本を反共の砦にすべくA級戦犯を免除されて首相にまで成り上がっているのだが、現在の安部晋三はそのDNAを継承しているとされている。佐藤栄作は首相時代に沖縄密約の中心にいたし、いずれもアメリカの手先になって日本をアメリカの意のままにさせてきた張本人たちである。岸はヒットラーほどの大物ではないまでもさしずめゲーリング級の戦犯であって、そうすると安倍首相とはそうした戦犯の孫であり、もともと長州藩がもっていた好戦性、自己中心主義、民衆蔑視、支配欲の前時代的な妄想の持ち主である。だからそうした人物が原発再稼動(じつは核武装の準備)、憲法改悪による自前の軍隊の所有(自衛ならざる侵略軍設置)といった軍国主義復活の野望をもっているとしても、こうした長州藩出自の侵略的DNAからすれば、すべて納得がいく。「ゲーリングの孫」たる安倍首相が東アジア、とくに中国、韓国にたいして敵対的なのは、これらの国がそもそも友好の対象であるのではなく深層心理における侵略の予定国であるからにすぎない。
 こうした出自をもつ人間が東北地方にたいしてほんとうに共感をもつことはありえまい。安部の会津詣でが会津若松市長によって一蹴されたのは当然であり、残虐な殺戮の爪痕がそんな便乗的な手口で解消されるはずもない。そこに民衆蔑視ゆえの軽薄さと不真面目さが露呈していることは明らかだ。
 ドイツならばゲーリングの孫が政権の座に就くなどということは考えられないだろう。もっともイタリアではムッソリーニの孫娘が議員になったりはしているが。ともあれ、この亡霊のような長州藩出身者の横暴と野望にわれわれはもうそろそろ敏感にならなければならないし、日本の政治が世界に通用する知力と行動力を発揮できるようになるためには、もうこうした亡霊から開放されるべきではなかろうか」

 思わず長い引用になってしまいました。ところで手紙の途中で唐突ではありますが、実はこの手紙、私のブログで書いていることをお断りしなければなりません。つまり西谷さんへの私信をブログで発信しているということです。実際にお手元に郵送されるときには既にブログで発信された後ということになります。どうしてそんな奇妙な、というより非常識なことを、と思われるかも知れませんが、最近、もっと正確に言えば原発事故以後、本来なら私信であるべきものをこうして公の場で公開することがあります。その理由を説明するのは難しいのですが、簡単に言えば特定の個人に宛てた文章でも、もしそれが他の人にも読んでもらいたい内容のものであれば、ブログという発信媒体で公にしたい、いやむしろそうすべきではないかと考えたからです。こういう考えに至ったのは、たとえばプライバシーとか著作権とかが最近では一人歩きして、時に行き過ぎていると思うようになったからです。つまりどんなに独創的と思われるものであっても、実は人類の長い歴史の中で、いつか、どこかで、だれかが既に思いついたものではないか、ということです。その意味では、すべての思想、表現は長い人類発展史の中の脚注に過ぎない、とさえ思ってます。でも最近騒がれている何とかという聾者のように他人の作品を自分の作品だと偽ることは許されませんが。

 ともかく私のブログとしては少し長くなりましたので、あとは明日続けます。もうひとつ、いい訳じみてますが、最近買い換えたばかりのパソコン操作にまだ慣れず、あれ何と言うのでしょう、つまりマウスではなく指先で操作する、そうスマホとかいうやつにも使われているタッチパネルの使い方がまだ分からず(本音を言えば大キライ)、書いたばかりの文章を一瞬のうちに消してしまったり、急に文字がでかくなったりして落ち着いて書けません。だから、ともかく変にならないうちに書いたものをブログで発信しておこうという気になったわけです。そのうち喜彦君の特訓を受けなければならないようです。★いま気がついたのですが、二階の机の上に古いマウスがありました。さっそく持ってきて使い始めました。これで少し安心。

佐々木 孝 について

佐々木孝(ささき・たかし) 1939年北海道帯広市生まれ。2歳から引き揚げまでの5年間を旧満州で暮らす。1961年上智大学外国語学部イスパニア語学科在学中にイエズス会に入会。1962年同学科卒業。5年間の修練生活の後、1967年イエズス会を退会、還俗する。同年上智大学文学部哲学科卒業。1971年清泉女子大学講師、助教授、1982年教授となる。1984年常葉学園大学でスペイン語学科の草創に参加。1989年東京純心女子短期大学・東京純心女子大学(現・東京純心大学)教授。その間、東京外国語大学、駒沢大学、法政大学、早稲田大学などでも非常勤講師を務める。2002年定年を前に退職、病身の妻を伴い父祖の地・福島県原町市(現・南相馬市)に転居。以後16年にわたり「モノディアロゴス(Monodiálogos: ウナムーノの造語で「独対話」の意)」の名を冠したブログを死の4日前まで書き続けた。担当科目はスペイン思想、人間学、比較文化論、スペイン語など。2018年12月20日、宮城県立がんセンターにて死去(享年79)。
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1 Response to 或る出版社社主への手紙(一)

  1. 阿部修義 のコメント:

     第一次安倍内閣以来、菅氏と野田氏を除いて福田、麻生、鳩山、そして再び安倍と元総理の子供と孫が我国の総理大臣に君臨していることは、欧米の先進諸国ではないことだと思います。それは紛れも無く元総理の家系以外に何も鼓舞するものがなく総理として奉られた本人の悲劇だと私は思います。また、日本は政治家になるためには先祖が政治家でなければ成り難い閉鎖社会ということでもあるわけで、それが格差社会を後押しする要因のようにも感じます。西谷氏が最後に言われている「亡霊から開放される」ためには、世襲議員禁止の法律を作ることなんでしょうが、特定秘密保護法案に象徴されるように、法律を作っている人たちが世襲議員なわけですから非常に難しいでしょう。勿論、世襲議員の中にも高い見識を持っている人もいますが、やはり、国民一人ひとりの見識にかかっているように思います。現代のベートーベンと賞賛されていた作曲家にはゴーストライターがいたという報道を私も見ました。正に、安倍総理の後ろには、優良大企業の経営陣という黒子が自分たちの都合で原発再稼働を推し進めているようにも思いますし、西谷氏が指摘されているように、もっと深い意味で捉えると「核武装の準備」ということにも繋がるのかも知れません。

     

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