支倉の道

 以下の文章は12月11日付けの北海道新聞(夕刊)の文化欄に掲載されたものである。記事には支倉常長がスペイン国王臨席のもと洗礼を受けた、王立フランシスコ跣足会女子修道院付属教会の祭壇と、スペイン東部のタラゴナ~フラガの原発の写真が掲載されている。特に後者を選んでくれたことにより、拙文の趣旨がより明確になった。

  関口照生写真集「支倉の道」に寄せて

 今年六月から始まった「日本スペイン交流400周年」に合わせて、写真家・関口照生氏の『支倉の道』(プレスアート、2013年)が出た。伊達政宗の命を受けた支倉常長が遣欧使節としてメキシコ、スペイン、ローマへと旅した、その帰国までの七年間の足跡をたどっての写真集である。各地とも日本に比べるとはるかに陽光が強いはずなのに、全体が静謐な雰囲気を漂わせているのは、400年という星霜を意識して撮影した関口氏の狙いどころでもあろうか、時間の襞(ひだ)が丹念に写し込まれた作品集に仕上がっている。

 ところで400年というのは使節団出立から数えての年数だが、もちろんスペインとの交流はその時が初めてではない。天文18(1549)年、フランシスコ・ザビエルがキリスト教を伝えて以来、両国には単に宗教面に限らぬ深い文化交流があった。たとえば九州のキリシタン大名たちが派遣した天正遣欧使節(1582年)もそうだが、舞台が暗転して、26人のキリシタンが殉教するという事件(慶長元<1597>年)もそうである。

 ともあれそうしたさまざまな出会いから今日まで、両国は実に対照的な歴史をたどってきた。片やスペインは、新世界発見の勢いをかってヨーロッパ最初の近代国家として出発したにもかかわらず、踝を接してせまってきたイギリスやフランスに追い抜かれ、長らく没落と低迷を余儀なくされた。そして片や日本は、ほどなく200年有余にもわたる長い冬眠・鎖国へと入っていく。だから十九世紀後半、日本が開国して近代国家の仲間入りをしようとしたとき、模範とすべきヨーロッパ列強の中にスペインの姿はなかった。そして日本は明治の開国から今日まで「近代」の価値観や世界観を盲信して、必死にその実践者たらんとしてきた。つまりスペインは<近代>の「廃嫡された長子」であり、日本はその「最優秀の養子」だったのである。

 今回の大震災そして原発事故の被災地での生活の中で(ときにそれを奈落の底と呼んだが)私の脳裏に絶えず去来したのは、理性を正しく行使すれば限りなく幸福に近づくという近代的価値観・進歩幻想が日本を駄目にしてきた、との無念さである。近代科学の粋を集めたと自負する「スカイ・ツリー」もまた原発と同じ価値観・世界観の象徴であり、私たちの魂の重心※をやたら高くする。原発事故はまさにそうした効率優先、利潤追求、快適・便利さ(コンビニエンス)の飽くなき追求の当然の帰結だ、との思いである。

 遣欧使節時代の慶長三陸地震と今回の東日本大震災が決定的に違う点、すなわちそれに付随して起こった原発事故の反自然性・反人間性を深く反省すること無しに、この交流400周年の催しも両国の相互理解、自己本然への覚醒に繋がらないが、その意味からしても『支倉の道』はそうしたさまざまな思いを喚起する貴重な手がかりを与えてくれる。

※実は記事では「重点」となっています。誤植でなく私が原稿にそう書いてしまったのです。自分にとっては大事な言葉なのに、やはり耄碌しているんでしょうね。ともかくここで訂正しておきます。

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佐々木 孝

佐々木 孝 について

佐々木孝(ささき・たかし) 1939年北海道帯広市生まれ。2歳から引き揚げまでの5年間を旧満州で暮らす。1961年上智大学外国語学部イスパニア語学科在学中にイエズス会に入会。1962年同学科卒業。5年間の修練生活の後、1967年イエズス会を退会、還俗する。同年上智大学文学部哲学科卒業。1971年清泉女子大学講師、助教授、1982年教授となる。1984年常葉学園大学でスペイン語学科の草創に参加。1989年東京純心女子短期大学・東京純心女子大学(現・東京純心大学)教授。その間、東京外国語大学、駒沢大学、法政大学、早稲田大学などでも非常勤講師を務める。2002年定年を前に退職、病身の妻を伴い父祖の地・福島県原町市(現・南相馬市)に転居。以後16年にわたり「モノディアロゴス(Monodiálogos: ウナムーノの造語で「独対話」の意)」の名を冠したブログを死の4日前まで書き続けた。担当科目はスペイン思想、人間学、比較文化論、スペイン語など。2018年12月20日、小細胞肺がんのため宮城県立がんセンターにて死去(享年79)。洗礼名フランシスコ。
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1 Response to 支倉の道

  1. 阿部修義 のコメント:

     人間は根源に返って自己の内側を省みなければ、決して幸せにはなれないと史実は常に証明してくれるし、その事実を通じて現代人に警鐘を鳴らす使命を包含しているのかも知れません。先生の文章から、そんな事を思いました。先生が日頃から言われているように、人間が本当に生きるということは、直線状に未来に続くのではなく、螺旋状に現在に重なってくるものなんでしょう。現代人の死角は正にそのことだと私は思います。つまり、直線状に「効率優先、利潤追求、快適さの飽くなき追及」の末路は原発事故だったわけです。直線状でなく螺旋状、一歩踏み込んで言えば、人間の根源に返ることで人類の再生への確かな道筋が見えて来るように思います。東井義雄という教育者がこんなことを言ってたのを思い出しました。

     根のある草は芽をふく、花ひらく。われわれにとって「根」とは何か。何が、「根」であるか。根たくましければ、おのづから育つ。根の深さと広がりが樹の高さと広がりになる。下農は雑草をつくり、中農は作物を作り、上農は土をつくる。見えないところがほんものにならないと、見えるところもほんものにならない。つまらなく見えるものの中からすばらしいものが生まれる。根気、根性、性根、それが人間を決定する。見えないところで、見えないものが見えるところをささえ、生かし、養い、あらしめている。

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