南相馬より愛をこめて

※以下の文章は、今月26日、”La Central de Callao”という大きな書店、るみさんの話ではマドリードでいちばん美しい書店、で開催予定の出版記念会に参加される方々へのご挨拶文で、スペイン語に訳されて当日るみさんか、または別の方に代読してもらうものです。本欄をお読みいただいている皆さんには、特別(?)前もってご披露いたします。

会にご出席の皆様へ
 
 会場の皆様、今晩は。佐々木孝です。会場に駆けつけて皆様に直接ご挨拶したいのはやまやまですが、残念ながらお伺いすることができませんので、お手紙に代えさせていただきます。
 
 サトリのアルフォンソさんから、初めて今回の催しのことをお聞きしたとき、大変びっくりしました。思ってもみない破格のご好意だと考えたからです。でも内心、あゝさすがスペイン、私が本を通じて伝えたいことが他のどの国より(もちろんわが日本も含めて)、ご理解いただけた証しだと思い嬉しくなりました。

 ありがたいことに拙著は、日本語で出版されたあと、香港から中国語版が、韓国から朝鮮語版が出ました。この二つの言語はいま世界を席捲する英語より、私個人にとっても、また日本という国にとっても最重要な言語であり、その意味で私の本が翻訳出版されたことは実に意味深いことだと思ってきました。

 しかしスペイン語版の「自画像」でも言いましたように、スペイン語はそれら二つの言語とはまた違った意味で、私には特別重要な言葉です。つまり私の物の考え方や価値観形成に日本語とほぼ同じくらいの比重で関わってきた言語だからです。それがどの程度まで深く関わってきたかは、「自画像」で申し上げたことなのでここでは繰り返しません。

 しかしスペイン語が単に私個人にとって重要であったというだけではありません。一人のスペイン思想研究者として長い思索の後にたどりついた一つ重要な結論がありました。それは洋の東西を問わず、まるで尾骶骨(coxis)のようにすべての現代人の精神に未だに大きな力を揮っている「近代」というものに対して、スペインと日本は実に対照的な姿勢を取ってきた国だということです。つまりスペインはその近代の廃嫡された長子(mayorazgo desheredado)であり、日本は最優秀の養子(hijo adoptivo más hábil)だということです。効率優先とか飽くなき進歩といった近代の価値観に対してスペインは常に一歩引いた態度を取ってきたのに対し、日本は一切の迷い無く息せき切ってそれを追い求めて今日に至っています。ですから私は、ちょうど合わせ鏡を見るように、日本はおのれを知るためにスペインから多くのことを学べると考えてきたのです。

 さらに大きな図式から言えば、人類を導いてきた二つの大きな原理、すなわち「生」と「理性」のうち、スペインは常に前者を優先させてきた国であること、それは『(人)生は夢』のカルデロンの時代のみならず、基本的には現代スペインまで続いている思想ではないかと思います。もちろん日本もかつては、たとえば「生」の重要な要素である自然との共生という優れた伝統を持った国でしたが、明治の開国以来、そうした本質をかなぐり捨て、闇雲に欧米先進諸国に追いつき追い越せと必死に走ってきました。乱暴な言い方をすれば、今回の原発事故もそうした価値追求の果てに起こった事故ではないかと思っています。ここで目覚めてくれればいいのですが、ご承知のようにいま日本は、オリンピック招致をめぐる馬鹿騒ぎにも見られるように、またぞろ効率優先・経済優先の傾向を強めています。こうして日本は開国以来、自分の本質を見失ったまま今日に至っているというのが私の基本的な考えです。

 ここで大事なことを思い出しました。実は拙著の出版をサトリにお願いしようと決めたのは、アルフォンソさんが原稿を読んだ後に下さった最初のメールで、本書を単なる怒りや告発の書ではなく、根底は「生や自然の素晴らしさへの讃歌」(un canto a la vida, a la magnificencia de la Naturaleza) である、と評価されたからでした。そうです、私なりの再生と希望の讃歌(himno)のつもりでした。

 日本を愛するスペインの友人からは、佐々木はあまりに日本に厳しいのではないか、とありがたい批評を貰うことがあります。もちろん私も日本文化や日本人に誇るべき多くの美点があることを喜んで認めますが、しかし今回の原発事故を通じて、それらの美点が実はかなりの損傷を受けていたこと、中には既に失っていたことを残念ながら認めざるを得なかったのです。今回の体験を期に日本は真の意味で再生しなければならないと強く心に念じているのもそのためです。そのためにもちょうど今年がスペインと日本友好400年周年という記念すべき年に当たりますので、これから両国が、特に若い人たちの交流が深まり、互いに学びあっていければと心から願ってます。

 すみません、今日は会場にいらしてくださった皆さんに簡単なご挨拶を申し上げるつもりでしたのに、職業病でしょうか、思わず思想史の講義みたいになってしまいました、もう止めます。

 さて会場には、とアルフォンソさんに送っていただいた会場の写真を見ながら想像するのですが、これまで直接お会いした方は一人もいらっしゃらないのでは、と思います。そうです、アルフォンソさん、マリアンさん、佐藤るみさん、エバ・バスケスさん、そして解説を書いてくださったロダオ教授など、今回お世話になった方々のどなたとも実はまだ一度もお会いしたことがないのです。でもありがたいことに、今回の出版を期に、電話やらメールなどで何十年来の知己と思えるほどの親しい友人たちを獲得することができました。中には近いうちにこの南相馬を訪ねてくださる方も複数いらっしゃいます。他の皆様も、もし日本にいらっしゃるような機会がありましたら、まだ交通の便は少々不便ですが、ぜひ南相馬にいらしてください。お会いできるのを楽しみにしています。

 最後に今回の訳書についてちょっとだけ補足させてください。たぶんもう皆様はご覧になったかと思いますが、スペイン・テレビのインタビューの中で、ハビエルが著者の現状分析はかなり鋭利で辛辣である(bastante agudo e incisivo)と申し訳なさそうに言ったとき、私は「やったー!」と快哉を叫びました。つまり私にはスペイン人の中でもかなりの皮肉屋に思えるハビエルの口からその言葉が出たことを嬉しく思ったからです。そう言えば冒頭でアナウンサーのマルタさんも拙著をhumor,acidez,ironia(ユーモア、辛辣、皮肉)という三つの単語で紹介しておられましたね。

 つまり原発事故という重く深刻な問題には、それら三つのものを駆使して立ち向かうしかないと考えた作者の意図を見事に見抜いてくれたのが嬉しかったのです。おそらく礼儀正しい(?)日本人としては、特にこの原発事故という暗い主題の本にしては、いささか悪ふざけが過ぎる表現も多用しています。でもこれは、私がスペイン思想や文学から学んだ貴重な手法だと勝手に思っています。中でも最大級の冗談はescatologíaをめぐってのものでした。まだお読みになっていない方はぜひその箇所だけでもお読み下さい。

 ごめんなさい、また余計なことを話し始めました。今度こそこの辺で失礼します。美子は今、私の机のすぐ側の車椅子の上で、いつものように笑みを浮かべています。美子が何を考えているのか残念ながら分かりませんが、時おり笑顔になります。そんな時、楽しい時の思い出に浸っていてくれたらと願わずにはいられません。今からもう三十年以上も前の1980年、家内と11歳の双子の息子・娘を連れてスペインに行きました。それが私にとって最後のスペインの旅になりました。セビーリャで美子の好きなカナリア・イエローのフォード・フィエスタを借りて、各地の跣足カルメル会修道院を巡るスペイン神秘思想探訪という名目の5千キロにも及ぶ旅でした。サトリのあるヒホンも通り抜けました。その旅で美子は、トイレ(retrete)とありがとう(gracias)という二つのスペイン語だけで実に楽しい旅をしてくれました。いまの笑顔がその時のことを思い出してのものであることを切に願いながら、遠い南相馬から私たち夫婦の心からなる感謝と親愛のご挨拶を送らせていただきます、皆様、どうもありがとうございました!

          被災地・南相馬から愛をこめて     佐々木 孝
   

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佐々木 孝

佐々木 孝 について

佐々木孝(ささき・たかし) 1939年北海道帯広市生まれ。2歳から引き揚げまでの5年間を旧満州で暮らす。1961年上智大学外国語学部イスパニア語学科在学中にイエズス会に入会。1962年同学科卒業。5年間の修練生活の後、1967年イエズス会を退会、還俗する。同年上智大学文学部哲学科卒業。1971年清泉女子大学講師、助教授、1982年教授となる。1984年常葉学園大学でスペイン語学科の草創に参加。1989年東京純心女子短期大学・東京純心女子大学(現・東京純心大学)教授。その間、東京外国語大学、駒沢大学、法政大学、早稲田大学などでも非常勤講師を務める。2002年定年を前に退職、病身の妻を伴い父祖の地・福島県原町市(現・南相馬市)に転居。以後16年にわたり「モノディアロゴス(Monodiálogos: ウナムーノの造語で「独対話」の意)」の名を冠したブログを死の4日前まで書き続けた。担当科目はスペイン思想、人間学、比較文化論、スペイン語など。2018年12月20日、小細胞肺がんのため宮城県立がんセンターにて死去(享年79)。洗礼名フランシスコ。
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