ミソサザイ

 一昨日、夜の森公園で散歩しようと坂道を上がっていくとき、不思議なものに出会った。最初、聞きなれない小鳥の声が、それも群れをなした小鳥の声が聞こえてきた。見上げると、びっくりするような小さな鳥たちだった。雀ではない。雀よりはるかに小さな鳥。声も細い金属製の、鋭い鳴き声である。彼らは枝から枝へとめまぐるしく移動しながら、その不思議な声で鳴いている。

 動きが早いし、木の間隠れだから、姿はよく見えない。しかしどう見たってやはり雀ではなさそうだ。この春生まれたばかりの小雀たち? まさか、幼稚園児であるまいし、小雀だけで団体行動をするはずもない。いつまで見ていても確かめようがないので、散歩を続けたが、どうも気になる。そのときちょうど向こうから一人の小柄で品のいいおばあちゃんが歩いてきたので、思い切って聞いてみた。

 あの、そこで雀より小さい鳥が群れをなしていたんだけど、あれ何ていう鳥か知っている? するとおばあちゃん、にこやかに答えてくれた。ほう、そうかね。実はこのごろ仮設でも噂になってるんだけど、今年の雀は異常に小さいなって。いやいや雀ではないべさ。雀よりずっとずっと小さいよ。行って見てきて。(あのおばあちゃん、仮設住宅から来たんだろうか?)

 おばあちゃんと別れてしばらく散歩を続けたが、坂道を降りる頃には、もう群れの姿は見えなくなっていた。あんなに小さな鳥は生まれて初めて見た。こういうときはネットで検索するにしくはない。家に帰ってさっそくパソコンを開いた。「雀より小さな鳥」と入力する。するとどうだ、即座にこんな書き込みが出てきた。「このあいだ公園で雀よりずっと小さい鳥の群れを見ましたが、あれ何という鳥かどなたか教えていただけませんか」

 世の中には私と同じような暇人が、いや好奇心旺盛な人がいるんだな、と感心した。今さら考えるまでもなく、このインターネットという仕組みは実に便利だ。中には下らない情報や、他人を傷つける有害な書き込みもあるが、この地球上で、だれかが、どこかで、いつかつぶやいたことまでがこうして蓄積され、それを誰かが、何処かで、何時か拾い出し、何がしかの知識や答えを得ることができるわけだ。

 それはともかく、私と同じような体験者の質問に、ていねいに答えている人がいた。「それはたぶんエナガかも知れません」。えっエナガ、そんな鳥の名前聞いたことがない。さっそくエナガを調べてみる。「スズメ目エナガ科の鳥。林に見られ、全長14センチくらいで、尾が長く、全体の形がひしゃくに似て、全体に白っぽく…」

 いや違うな、14センチより小さいし、色もどちらかというと茶色っぽかった。で、そのとき画面の片隅にミソサザイという文字が見えた。そうだ、ミソサザイかも。そしてこの名前をいつか聞いたという遠い記憶が蘇ってきた。たしか爺ちゃんに言われた…いや祖父幾太郎じゃない、別の爺ちゃん、そうだ! 岡田の松之助爺ちゃんではなかったか? つまり幾太郎の長兄、私たち一家が帯広から内地に越してきて、原町に落ち着くまで半年ばかりお世話になった小高・岡田の松之助爺ちゃんだ。日露戦争の英雄、金鵄勲章保持者のあのじっちゃんだ!

 岡田の天皇と、近隣の人たちから恐れられた爺さん、自身ロシア人みたいな風貌のあの爺さんの「俺にヘンカ返す(口答えする)者など一人もいねかったのに、このミソサザイみたいなわらしっこがヘンカ返しやがった!」という怒号が蘇ってきた。つまりちっちゃいくせに小生意気でやかましい、という意味だろう。
 
 今から考えると、三人の子を連れた姪(ばっぱさんのこと)を快く迎えてくれた親切なおじいちゃんなのだが、当時は片頬に銃創の残ったこの天皇にこき使われて、ほらみろ母ちゃんは慣れぬ風呂焚きでメッチャ(眼を痛めた)になっちゃった、と日頃から恨みに思っていたのか。それで何かの拍子に憎まれ口を叩いたことへのおじいちゃんの言葉の中に、確かミソサザアイがいたぞ。小学五年生の秋のことである。

 それはともかく、鷸鷯(ミソサザイ)を調べてみる。「スズメ目ミソサザイ科の鳥。全長約10センチで日本産で最小の鳥の一つ。全体に濃い茶色で細かい黒斑がある。日本では漂鳥で、渓流沿いに多く生息し、活発に動き回り、短い尾を立てる。春先に張りのある声でさえずる。かきちんあい、みそっちょ、ともいう。」※漂鳥とは、ある地域内で季節によって居所を変える鳥。

 そうだミソサザイだ、特徴がぴったり重なる。ネットで検索すると、なんという献身的な物好きがいることか! そのミソサザイの姿と鳴き声までをしっかり撮影した動画まで出てきたではないか! あゝこの無償の愛!

 これですっきりした。それにしても今年はまたなんでミソサザイが平地に降りてきたんだろう? ともかく、今度またあのおばあちゃんに出合ったら、ミソサザイのこと教えてやろう。

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佐々木 孝

佐々木 孝 について

佐々木孝(ささき・たかし) 1939年北海道帯広市生まれ。2歳から引き揚げまでの5年間を旧満州で暮らす。1961年上智大学外国語学部イスパニア語学科在学中にイエズス会に入会。1962年同学科卒業。5年間の修練生活の後、1967年イエズス会を退会、還俗する。同年上智大学文学部哲学科卒業。1971年清泉女子大学講師、助教授、1982年教授となる。1984年常葉学園大学でスペイン語学科の草創に参加。1989年東京純心女子短期大学・東京純心女子大学(現・東京純心大学)教授。その間、東京外国語大学、駒沢大学、法政大学、早稲田大学などでも非常勤講師を務める。2002年定年を前に退職、病身の妻を伴い父祖の地・福島県原町市(現・南相馬市)に転居。以後16年にわたり「モノディアロゴス(Monodiálogos: ウナムーノの造語で「独対話」の意)」の名を冠したブログを死の4日前まで書き続けた。担当科目はスペイン思想、人間学、比較文化論、スペイン語など。2018年12月20日、小細胞肺がんのため宮城県立がんセンターにて死去(享年79)。洗礼名フランシスコ。
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1 Response to ミソサザイ

  1. 上出勝 のコメント:

    佐々木先生

    お久しぶりです。
    昨年はご歓待いただき、本当にありがとうございした。

    今年は3月から南相馬でのボランティア活動に参加しております。
    先週の土日にかけては、大学時代の友人二人を誘って(還暦トリオです)、小高区の家屋の片付けのボランティアに参加しました。
    他の二人は二日続けての作業はきついとのことで、2日目は彼らを沿岸部に案内しました。二人とも衝撃だったようです。一人はPTSDが出たとのことでした。でも、また、ボランティアには参加したいとのことでした。

    今回お邪魔したお宅で特に印象に残ったことがあります。大型冷蔵庫を搬出してほしいとのことでしたが、中身は開けずに封をしたままの状態で出してほしいとのことでした。2年以上も経過しているのですから、冷蔵庫の中がどのようなことになっているかはある程度想像はできます。おそらく、開けて中を確認すれば、嫌でも「現在」の「現実」をより一層認識せざるを得ず、「見たくない」との思いがあったのではないかと推測します。

    この大型冷蔵庫ですが、台所に入れた後に身障者のじいちゃんのために手すりをつけたらしく、どうしても出せませんでした。苦肉の策として、台所と茶の間のドアをはずし、どうにか出すことができました。みんなで「出た、出た」と喜んだのですが、横で見ていたじいちゃんも「出た、出た」と言ってとっても喜んでいました。

    その家族は仮設住宅に住んでいるのですが、ばあちゃんに言わせると、じいちゃんは「死にたい、死にたい」とばかり言っているとのことです。
    2年以上も過ぎて、こんな年寄りにこんなことを言わせて、いったい、この国は誰のためにあるかと思いました。

    でも、ボランティアは今でも切れ目なく来ています。今回一緒に作業した人で、もっとも遠いところから参加されたのは、京都の若い女性で、京都から車で来ていました。

    ところで、ステーションプラザホテルに宿泊していたのですが、12日(日)の朝起きて、テレビをつけたところ、ちょうど放映中でした。といっても、最後の方で、しかも、二日酔いでぼーとしていました。
    それで、昨夜きちんと最初から観させていただきました。

    何よりも、イ・ソンファの詩が胸を打ちました。全文を知ったのは初めてです。
    沿岸の風景やチョンさんの写真を背景としてこの詩を「聞いている」と、小高の人にとっても「奪われた野」であることに違いないこと、さきのじいちゃんの言葉を考えれば、本当に春は来るだろうかなどと思わざる得ませんでした。

    それから、私はこの詩から、ポーランドの詩人のシンボルスカの「眺めと別れ」とい言う詩を連想しました。ポーランドも国を奪われた歴史があります。その連想もあるかも知れません。
    佐々木先生はご存じかも知れませんが、知らない方も多いだろうと思い、前半だけ紹介します(長い詩なので)。沼田光義訳です。

       眺めとの別れ
                    ヴィスワヴァ・シンボルスカ

    またやって来たからといって
    春を恨んだりはしない
    例年のように自分の義務を
    果たしているからといって
    春を責めたりはしない
    わかっている わたしがいくら悲しくても
    そのせいで緑の萌えるのが止まったりはしないと
    草の茎が揺れるとしても
    それは風に吹かれてのこと
    水辺のハンノキの木立に
    ざわめくものが戻ってきたからといって
    わたしは痛みを覚えたりはしない
    とある湖の岸辺が
    以前と変わらずーあなたがまだ
    生きているかのようにー美しいと
    わたしは気づく
    目が眩むほどの太陽に照らされた
    入り江の見える眺めに腹を立てたりはしない

    以下略します。

    長々とした感想になって申し訳ありませんでした。
    それではまた。
    失礼します。

    上出  

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