平和菌の歌

     平和菌の歌  作詞 富士貞房
              作曲 菅 祥久(予定)


  生まれは いずこか知らないけれど
  その働きは いつかは分かる
  柳眉逆立つ不美人さえも
  これをはたけば ついに楊貴妃
  ケサランパサラン、コモパサラン

  そのわけ 何にも分からんけれど
  誰にも効き目は じわりと分かる
  争い、もめごと、戦争さえも
  これを被れば くだらん冗談
  ケセランパサラン、コモパサラン

  見た目は カビと変わらんけれど
  漂う芳香 いつかは気づく  
  虚勢や威嚇は ただそれ嗅ぐだけで
  馬鹿丸出しの 猿芝居
  ケセランパサラン、コモパサラン

  原爆・原発 被った今も
  懲りずに推進求めるアホは
  ほんわか菌を浴びるがよろし
  まことの幸せ 見えてくる
  ケセランパサラン、コモパサラン

  飛ばそ撒きましょ 平和の菌を
  みごと咲かせよ 心の園に
  あなたと私の垣根を越えて
  国境線さえ消してゆく
  ケセランパサラン、コモパサラン
 

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佐々木 孝

佐々木 孝 について

佐々木孝(ささき・たかし) 1939年北海道帯広市生まれ。2歳から引き揚げまでの5年間を旧満州で暮らす。1961年上智大学外国語学部イスパニア語学科在学中にイエズス会に入会。1962年同学科卒業。5年間の修練生活の後、1967年イエズス会を退会、還俗する。同年上智大学文学部哲学科卒業。1971年清泉女子大学講師、助教授、1982年教授となる。1984年常葉学園大学でスペイン語学科の草創に参加。1989年東京純心女子短期大学・東京純心女子大学(現・東京純心大学)教授。その間、東京外国語大学、駒沢大学、法政大学、早稲田大学などでも非常勤講師を務める。2002年定年を前に退職、病身の妻を伴い父祖の地・福島県原町市(現・南相馬市)に転居。以後16年にわたり「モノディアロゴス(Monodiálogos: ウナムーノの造語で「独対話」の意)」の名を冠したブログを死の4日前まで書き続けた。担当科目はスペイン思想、人間学、比較文化論、スペイン語など。2018年12月20日、小細胞肺がんのため宮城県立がんセンターにて死去(享年79)。洗礼名フランシスコ。
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3 Responses to 平和菌の歌

  1. 佐々木 孝 fuji-teivo のコメント:

    珍しく川口の娘から「特に4番と5番が好きです」というメールがあったきり、なぜかまったく無視されていることに正直ガックリきています。が、めげずに頑張ります。それより澤井兄が香港風邪にやられて元気がないのがなにより気がかりです。皆さん、どうぞ励ましてやってください。

  2. 山本 三朗 のコメント:

    先生の創造力に感服しております。「ほんわか菌」も良いですね。それ以上に「平和菌」とケサランパサランを結びつけたことに感動しております。何か2つのイメージが結びつき、しっくりきます。先生の古い投稿を開いておりません(もっと勉強します)がこの「平和菌」を少しずつでも撒いて行ける人生でありたいなと思っています。
    この前の先生の投稿「思いつくままに」に「愛さんがバレー教室に通い云々」とありました。我が娘(先月、成人式を迎えました)もバレエ教室に通ったことがきっかけでこの春からフリーのダンサー(ヒップホップ系)となります。娘の生き方から自主性と継続性が大事だなと思っています。

    澤井さんの早期回復とコメントを心よりお待ちしています。
    帰宅後早々にPCに向かっているので支離滅裂で申し訳ございません。

  3. 佐々木 孝 fuji-teivo のコメント:

    山本三朗様
     さっそくのお褒めのお言葉ありがとうございます。こちらから強要したようで面目ありませんが、でも皆様からの励ましが貞房にとってなによりの栄養剤です。
     お嬢さんがヒップホップ系のダンサーになられたとか、いつか拝見できるような機会があれば嬉しいですね。どうぞ頑張ってください、とお伝えください。
     それからどなたかもうお気づきかも知れませんが、「平和菌の歌」のずっと後方で「月光仮面」の旋律が流れていました。でもメロディーを考えてくださる(はずの)菅さんにいらぬ雑音になるといけませんので、それはここだけの話です。

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