三題噺

「どうした? 浮かない顔して」
「浮かない顔? 浮かない顔のときだけどうして会話(ディアロゴ)体になるんだろうね? まっそれはともかく、いや特にどうってことはないんだけど、こちらからの問いかけに一向に反応してくれないのはどうしてかな、と考えてたのさ」
「誰が?」
「いや特定の誰というより、まあ言ってみれば世間かな」
「世間なんてそんなものさ。答を期待する方がおかしいよ。世間様というのは、もともとのっぺらぼうで没個性そのものじゃないか」
「いやもっと具体的に言うとだね、近ごろ二つの組織に対して、言うなれば抗議したつもりなんだが、うんともすんとも反応がないのさ」
「あゝ分かった、一つは、もう名指しで書いてしまったので今さら隠すこともないのだが、名前を出すと変に生々しくなるから、ひとまずS大学としようか。そして、もう一つは日本郵便のことだろ?」
「そう、その二つとも、その存在理由の根幹に触れることに関して苦言を呈したのだが、その後一切の返事がないのさ」
「日本郵便の場合はブログをプリントして渡しただけだから、正式の抗議文とはみなされなかったのでは?」
「そうかも。でもS大学の場合は、はっきり理事長と学長宛てに、しかも署名・捺印までした正式の文書だよ」
「君もやるね。ご苦労さん。まっどちらにしてもこの二つの組織だけじゃなく、ほとんどの組織は見かけだけは立派だが中身はすかすかで柔な構造になってるんじゃないかい?」
「そのようだね。特に3.11以降、見る人が見ればそうした実情は…あれ何て言ったかな、えーと頭隠して…」
「尻隠さず、だろ? いやことさらそんな意図はないんじゃないのかな。つまりどう対処していいか分からない、というのが実情と思うよ」
「話は飛ぶけど、このごろテレビはまともには見ないけれど、この間の各地の成人式の様子を見ていて暗―い気持ちになったな」
「どうして? 今年はさすがに荒れた会場は皆無だったようで、成人たちもなかなか殊勝なこと言ってたじゃない?」
「殊勝過ぎるよ。毎年思うんだけど、女の子たちの格好、なんであんなに見事に同じ格好してるんだろうね。振袖っていうの、それはまあ良いとして、何であんな白い毛皮のショールって言うの…」
「あれ毛皮じゃなく化繊だろ?」
「ともかく商売の邪魔するつもりないけど、着物屋さん、着付け屋さん、髪結いさん、大繁盛だろうね」
「まあいいじゃない、せめてこの機会に日本の伝統的な衣装に触れることになるんだから」
「…でもねえ…まっ、いいか。ついでにもう一つ。今度のそれは一見、衆に流れない個性重視の姿勢には見えるけど…」
「あゝ分かった、君が何をいいたいか(当たり前だよね、君は僕で、僕は君なんだから)、自分の子供の名前にだれも読めないような当て字を使う最近の風潮だろう?」
「そう、昼の<笑っていいとも>でやっていた…」
「テレビ見てないなんて言いながら、そんなつまらない番組見てるんだ?」
「…つまりだね、自分の好きなアニメや趣味をもじった奇妙奇天烈なネーミングのこと。これ、一見個性重視の傾向と見えながら、実は軽佻浮薄な<世の流れ>にただただ流されてるだけのこと」
「これでつながったね三つのことが。要するに今や世の中、中身すかすかで柔な構造の日本社会を見事に反映してるっちゅうことですたい」
「あっ、もう一つ浮かない顔の理由」
「分かってるよ。先日の<売文業再宣言>の反応がいま一つだということだろ」
「そっ、これまでいつもすばやく反応してくださった数人の方が今回も即座に反応してくださったけど…」
「まあ、もう少し待とうよ。以前君が言ってたすばらしい先例があるじゃないか」
「そっ、そうだった。小川国夫さんが処女作『アポロンの島』を自費出版したとき、その宣伝に反応したのはただ一人、それが島尾敏雄さんだったという有名なエピソードだろ?」
「そっ、そういうこと」

佐々木 孝 について

佐々木孝(ささき・たかし) 1939年北海道帯広市生まれ。2歳から引き揚げまでの5年間を旧満州で暮らす。1961年上智大学外国語学部イスパニア語学科在学中にイエズス会に入会。1962年同学科卒業。5年間の修練生活の後、1967年イエズス会を退会、還俗する。同年上智大学文学部哲学科卒業。1971年清泉女子大学講師、助教授、1982年教授となる。1984年常葉学園大学でスペイン語学科の草創に参加。1989年東京純心女子短期大学・東京純心女子大学(現・東京純心大学)教授。その間、東京外国語大学、駒沢大学、法政大学、早稲田大学などでも非常勤講師を務める。2002年定年を前に退職、病身の妻を伴い父祖の地・福島県原町市(現・南相馬市)に転居。以後16年にわたり「モノディアロゴス(Monodiálogos: ウナムーノの造語で「独対話」の意)」の名を冠したブログを死の4日前まで書き続けた。担当科目はスペイン思想、人間学、比較文化論、スペイン語など。2018年12月20日、小細胞肺がんのため宮城県立がんセンターにて死去(享年79)。洗礼名フランシスコ。
カテゴリー: モノディアロゴス パーマリンク

2 Responses to 三題噺

  1. エトワール のコメント:

    この星の住人は、玉遊びが好きだ。玉遊びの上手な一人の青年に46億円もの値段をつけている。この事実を支えているのは、『のっぺらぼうで没個性』な大衆人の集まりに他ならない。

    オルテガは「大衆人」(mass-man)の起源をたどり、大衆とそれを構成する大衆人の両方に対して批判的な立場を鮮明にします。「高貴な生と下等な生」を対比し、大衆人の中に見出した野蛮性と原始性を非難しています。

    「世間様というのは、もともと『のっぺらぼうで没個性』そのものじゃないか。」

    『のっぺらぼうで没個性』な大衆人の集まりである世間が、時々、野蛮性、原始性を発揮し、ソクラテスを殺し、キリストを殺し、玉遊びの上手な青年に46億円の値段をつけてきた歴史を作りだしているのも、また、事実だと思います。

    ソクラテスは、

    「行き過ぎた自由の風潮が個人個人に行き渡り、その要求が極限までに達すると無政府状態を生み出し、国家権力を排除し、政治体制そのものを崩壊させ、民主制は機能しなくなる。」

    といっています。また、

    「本当に正義のために戦おうとするなら、そしてそのために少しの間でも生きながらえようとするならば、公人ではなく、私人であるべきだ。」

    ともいっています。

    この世界は、民主的な手法で選定された為政者と官僚的な手法で台頭した官僚、経営者などの組織支配者の2極対立する者達の手によって動いています。その影で、『のっぺらぼうで没個性』な大衆人が、それを支える構図になっています。

    ソクラテスがいうように、公人ではなく私人の中から、勇気ある哲人が現れ、世に意見することを期待していますが、それは、野蛮で原始的な大衆人の集まりである世間へ働きかける大変危険な行為でもあるのだろうと思います。大衆の野蛮性と原始性をオルテガは、喝破し、警鐘を鳴らしていました。この構図を打破して、よりよい世界を現出させる哲人は、必ずしも天賦の才を持つ巨人ではなくて、小さな人々であってもよいのではないかと思っています。

  2. 山本三朗 のコメント:

    このブログを紹介してくれた方と先程、久しぶりに酒を酌み交わしました。相変わらずお元気で嬉しく思い、モノディアロゴスを思わず開きました。ちょっと前の投稿へのコメントで失礼致します。そして我が娘ネタで申し訳ございません。

    佐々木先生、遅くなりましたが、我が娘「知子」へのエール、大変にありがとうございます。娘も激励に喜んでおりました。
    そして当投稿で思ったことですが、先生の「なんであんなに見事に同じ格好してるんだろうね。振袖っていうの、それはまあ良いとして、何であんな白い毛皮のショールって言うの…」ですが、実は「知子」は今年の成人式の際、白のショールではなく「吾亦紅色(こんな言い方あるのか不明ですが)」のショールで、良かったなと思いました。すみません、親バカで!

エトワール へ返信する コメントをキャンセル

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です

このサイトはスパムを低減するために Akismet を使っています。コメントデータの処理方法の詳細はこちらをご覧ください