大山鳴動して

「浪江町の子供、生涯3ミリシーベルト未満 福島県の内部被曝調査」 産経新聞、9月12日。
「福島・南相馬 小中学生の内部被曝量非常に少ない」 」朝日新聞、10月18日。
「福島原発周辺住民、内部被曝量は限度以下 京大など調査」朝日新聞、11月15日
 
 昼を過ぎるとあっと言う間に陽が翳り始める。昨日は散歩をしなかったので、今日はしようと美子を車に乗せて新田河畔に出かけてみたが、車を降りるころは風が強くなっていて、それでも50メートルほど歩いてみた。しかし今日は鴨の親子も巣から出てこないのか、川面には寒々とした細波だけが立っていて、途中で散歩はあきらめた。それでも美子には車に乗るだけで気晴らしになるらしく、バックミラーで見ると目をつぶらず外を見ている。今日は短いドライブで良しとしよう。
 
 先日はあきらめた江渡狄嶺の本、とうとう買うことにした。選集二巻本が「日本の古本屋」でアマゾンの半額以下で売りに出ているのを見つけたからだ。このところ東北学や安藤昌益の本を読み続けているが、これといった成果があるわけではない。ただ残された時間の中でやることがまた一つ増えただけだ。しかし美子の介護のことを考えると、たとえばスペインや中国などの海外旅行はもちろん無理、そればかりでなく美子と老後はゆっくりと国内旅行をしたいね、と言っていたこともどうやら出来そうにもなく、それはそれで残念ではあるが、しかし致し方ないこととあきらめることは簡単だ。その代わり、と言ってはなんだが、この家で一生本に埋もれて、今までやりそこねていたことを、ゆっくり一つずつ片付けていく時間は、このままの健康が許されるなら可能だし、それだけでもう我が人生は甲斐ありと感謝しなければならないであろう。
 
 ところで冒頭に振ったいくつかの新聞の見出しにあるように、大袈裟な脅威論が次第に色褪せて見えることが続いている。しかし脅威論の論客たちが鳴りをひそめつつあるにも拘らず、植えつけられた恐怖心は一向に衰える気配がない。昨日もテレビで、どこかの大学の若い医師(先生?)が母と子の放射線の勉強会とかで、線量計を配りながら、これからずっと線量計を正確に使って安全な生活をしていきましょう、などと馬鹿なことを教えている場面が映し出されていた。線量計機器のメーカーから金をもらってるわけでもなさそうだが、なぜ子供たちにまで線量計を使わせようとしているんだろう。国なり県なり町なりが測定して、そこが安全圏であると認定(?)したなら、あとは線量など気にしないで元気に勉強したり運動したりするよう指導するのが医者や教師の役目ではなかろうか。
 
 そんなことを漠然と考えながらネットを見ていって、たまたま目に入ったのが上のようないくつかの情報だったのだが、他にも面白いサイトを見つけた。あの西部邁氏のサイトで、「低放射線をめぐる嘘の数々 西部邁ゼミナール 2011年10月15日放送」である。ゲストの低線量率放射線医科学・低線量率放射線療法の専門家・稲恭宏氏の見解を西部氏ともう一人が聞くという形の動画である。話は一度見た(聞いた)限りではよく分からなかったが、要するに先日ここで紹介したオックスフォードのウェード・アリソン教授と同じく、いま日本中に荒れまくっている脅威論がどれだけ馬鹿げたものであるか、非常に論理的に(? 内容をよく把握できないが、全体の調子はアリソン教授と同じくきわめて理性的で確信に溢れていると理解した)語っている。
 
 保守派の論客らしく西部氏は、この馬鹿げた脅威論によっていま日本が陥っている国家的危機を憂慮しているわけだが、政治的姿勢は彼とは真逆な私も、国家的危機であるといういう点に関してはまったく同じである。つまりこれをどこかの国の、あるいはどこかの政治的勢力の陰謀とは思わないが、この脅威論に踊らされたわが国が、単に政治的・経済的なダメージだけならまだしも(それとて大変なことだが)、国民の大半が精神的に崩壊している現状(学術用語を使えば精神神経免疫学的症候群)を憂えているわけである。
 
 西部邁氏とは、道産子で昭和14年生まれという二点では同じだが、それ以外はまったく違った道を進んでいる私である。なんて比較するのも烏滸がましいし、向こうは歯牙にもかけないであろうが、氏はかつてはその著『大衆への反逆』でオルテガを高く評価し、拙訳『スペイン九十八年の世代』(ライン・エントラルゴ著)にも深い理解を示したように、あるところまでは共鳴するものを持っていた。そうだ、もう一人同じような方向に進んでいった保守派の論客がいたわい。西尾幹二氏である。西尾氏の場合もその著『ヨーロッパの個人主義』あたりまでは付いていけたが、いつのころからかその政治姿勢が私とは真逆な方向に向かってしまった。いや、そんな個人的な齟齬はこの際どうでもいい。
 
 要するに、こと原発事故をめぐる最近の世情に対する憂慮という点では、交じり合うはずもない線が交じり合うという不思議を経験しているわけだ。
 
 ともかく線量計をもって生活するの愚からは抜け出さないと、子供たちにも放射線以上の害を与えることだけは確かである。ついでに言わせてもらうと、これまでの脅威論では時おり子供をダシにして過度の恐怖心を煽る傾向があることに注意したい。事故後いろんな場面で「子供のために」とか「子供は放射線に対する感受性が大人の何倍も強い」というような文句が、結果的には異論を許さない「黄門様の印籠」の役を演じてきた。つまり大人たちの謂れのない恐怖心を糊塗するお守りとして子供がダシに使われている場合がかなりあるということだ。
 
 しかし最後に念を押しておきたいことがある。つまりアリソン教授のときと同様、私はなにも稲氏や西部氏の意見を全面的に信じているわけではない。つまりあまりに一方的に猛威を振るってきた過度の脅威論に対する一服の中和剤と考えているに過ぎないということだ。マスコミや言論界からなぜか不当に無視されているアリソン教授の『放射性と理性』を持ってはいるが読む気にはならず(そういえば西内君に貸したままだ)、なにかのときに取り出す(かも知れない)護符と見做していることもそれと軌を一にしている。

佐々木 孝 について

佐々木孝(ささき・たかし) 1939年北海道帯広市生まれ。2歳から引き揚げまでの5年間を旧満州で暮らす。1961年上智大学外国語学部イスパニア語学科在学中にイエズス会に入会。1962年同学科卒業。5年間の修練生活の後、1967年イエズス会を退会、還俗する。同年上智大学文学部哲学科卒業。1971年清泉女子大学講師、助教授、1982年教授となる。1984年常葉学園大学でスペイン語学科の草創に参加。1989年東京純心女子短期大学・東京純心女子大学(現・東京純心大学)教授。その間、東京外国語大学、駒沢大学、法政大学、早稲田大学などでも非常勤講師を務める。2002年定年を前に退職、病身の妻を伴い父祖の地・福島県原町市(現・南相馬市)に転居。以後16年にわたり「モノディアロゴス(Monodiálogos: ウナムーノの造語で「独対話」の意)」の名を冠したブログを死の4日前まで書き続けた。担当科目はスペイン思想、人間学、比較文化論、スペイン語など。2018年12月20日、小細胞肺がんのため宮城県立がんセンターにて死去(享年79)。洗礼名フランシスコ。
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3 Responses to 大山鳴動して

  1. 宮城奈々絵 のコメント:

    久しぶりにコメントを書きます。blogはいつでも読めても、コメントを書く、というのは、文才がない自分にはちょっぴり勇気を出さないといけないのです。
    私も実は生まれは北海道札幌、小学低学年まで手稲で育った、「ちょっぴり道産子」です。自分が子供の頃は、まだ手稲も開拓途中で、家の前を普通に馬が歩き、庭で畑をして食べる生活でした。懐かしい!
    なので、私は母方から半分江戸っ子、父方から半分東北人、そしてちょっぴり道産子をブレンドしたハイブリットです。
    どの故郷も大切です。
    心から愛して止まない郷土です。
    私はだいぶ前に、自分と夫の先祖をそれぞれの両親から名前を教えてもらい、家族の家系図を大きな紙に作りました。それぞれ6代先まで名前を見つけました。この図を眺めていると、一人一人、どんな人生を送ったのだろう…と色々考えさせられます。
    誰が欠けても自分は存在しないのですから、自分の人生、命に責任を持たないとな…と感じます。
    実際にご先祖様の土地を巡ったことがないので、今度是非、ご先祖様の旅に出掛けたいです。
    段々日がでていても、空気がグンと冷たくなってきました。
    先生、奥様、お体にお気をつけ下さい!
    我が家は風邪が家族一巡したところです…。

  2. fuji-teivo のコメント:

    そうですか、奈々絵さんも道産子でしたか。確か手稲はアイヌ語で湿地を意味していたとか。私の生まれた帯広もオベレベレ=川原を意味していたと聞きました。ヤマトの歴史だけでなく、もっと古い、そして広い日本の歴史を知りたいですね。本当の愛国心はそういうところから自然に生まれるものですから。

  3. beautiful sky のコメント:

    とても偶然(奇跡?)ですが、私も手稲です。
    校歌には、タンネウェンシリ(=手稲山)、チモシー(=牧草)といったアイヌ語がありました。

    実はどこかで出会っていたかもしれないと思うと不思議な巡り合わせですね。

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