復興準備区域宣言

 いわゆる環境放射線値というものが何を意味しているのか、そしてそれをどのようにして計測するのか、今まで特に知ろうともしないできた。しかし収束への道筋がはっきりしないままの状態が続いていくうち、さすがに気になってきた。初めのうちは大気中に浮遊する放射線の値だと思っていたが、福島市などの小学校校庭で表面の土を3センチほど削ると、五分の一(?)くらい一気に数値が下がるなどの報告を聞いているうち、ようやく気がついた。つまり過去のある日(タテヤとかで水素爆発があった日でしょうか?)風に乗って飛来して地面に付着した放射能が雨や風で多少の増減はあるが、最初とほとんど変わらないままに(それが放射能の恐ろしいところか)今日に至っている、と(このところわが南相馬市はずっと0.5のあたりを推移している)。
 
 東京から実家に一時帰宅したY.S君によると、市役所で職員に福島市や郡山市はここより常に3倍ほど放射線値が高いのに、なぜ南相馬市だけが緊急時避難準備区域に指定されて、いろいろと不自由を強いられているのか、と詰め寄ると、あちらを避難区域に指定すると、ここより何十倍かの市民を動かさなくてはならなくなり、大混乱に陥るのが分からないのか、と逆にキレられたそうだ。へー、そういうこと? なんだかそうでないかなー、と思っていたが、そう露骨に言われるとアホらしくなりません? これって特別に心配されて、つまり優遇されているの、それとも軽く差別されているの?
 
 モニタリングの個所も増え、かなり正確に放射線の汚染分布が分かってきたのに、どうしてあの魔法のリングが修正されないのか。たとえば私のいる原町区では、緊急時避難準備区域というありがたいレッテルを貼られているおかげで、いいことは何もない。ようやく物流が改善されてはきたが、先日も問題にしたように、不自由かつ不便な学校運営を強いられているし……いやいちばん問題なのは、わが家と同じ町内のTさん一家がこの町に見切りをつけ、実際はここより放射線値の高い郡山に越していった例に見られるように、市民が櫛の歯が欠けるように他所に流出していることだ。
 
 当節の情報伝達は実にちぐはぐなものである。つまりテレビなどによる伝達がデジタル化しているおかげか、以前より密なものになってきている一方、たとえば市民に対する重要なメッセージがあったとしても、避難所行きの説明会が市の広報車によって風の合間に消え消えに聞こえてきたように、耳の遠い人や近所づきあいの少ない人にはまったくのつんぼ桟敷に置かれていることである。いや支援物資のことだって、文書で回覧されたわけでないから、西内君が気を利かせて取りに行ってくれなかったら、いっさい援助を受けられなかったはずだ。また区長さんが避難所から戻ってきたので辛うじて間に合ったが、県からの義捐金分配も東電の賠償金の申請も、もし彼が戻ってこなかったらまったくわからず仕舞いだったことになる。
 
 津波ですべて流された区域ならいざ知らず、一時は機能しなかった連絡網(つまり市の広報のようなもの)をなぜ再構築しないままで今日に至ったのかが解せない。確か一度だけ半ペラの広報が配られたが、重要なメッセージはなかったような気がする。ユーチューブには能弁な市長が、せめてB5半裁紙の大きさのメッセージでもいい、いまいちばん市民に伝えたいことをなぜ発信しないのだろう。
 そうだ、先日の分校校長の偽挨拶に倣って、今日は偽市長のメッセージを作ってみることにしよう。
 
「市民のみなさん、今回の未曾有の地震・津波のあと、原発事故発生という最悪の不幸がわが南相馬市を襲いました。震災による被害(死者・行方不明者の数、家屋流失や損壊の数など)の中間報告は別紙のとおりです。震災直後から私自身皆さんの生命・財産を守るため、市職員初め関係諸機関の総力を挙げて努力してまいりました。しかしここにきて重大なミスを犯していることに気づきました。それだけ次々と派生する難問解決に没頭していたから、というのは言い訳に過ぎません。心からお詫びいたします。そう、ミスというのは市長として市民の皆さんにぜひ伝えるべきこと、お願いしたいことを直接文書をもってお伝えしてこなかったことです。
 
 間単に申し上げます。現在わが南相馬市は、国によって警戒区域、計画的避難区域、緊急時避難準備区域、そしてなんの指定もされていない区域と四つの区域が入り混じるという特殊な位置にあります。しかしこの市庁舎が位置している原町区の大部分は、幸いなことに環境放射線値も低く、普通の市民生活を送るのにまったく支障を来たさない区域です。物流に関しては、いろいろな人の働きかけによってほぼ旧に復しました。しかし小中高の学校に関しては、現在国の指導のままに30キロ圏外の学校の校舎で間借りしながら不自由な学校運営をしていますが、これについてはできるだけ早いうちに、この町の実状に即した、もっと安全かつ効率的な運営に漸次切り替えていく所存です。これについては私たちの町・南相馬市の市長として、たとえ国から嫌な顔をされようと断固市民の側に立った決断をするつもりです。
 
 特に本日、皆さんにお願いしたいことは、原発事故の収束を待つまでもなく、今から町の復興を目指す活動を始めなければならない、そのためにはこの町に踏みとどまって協力していただきたいということです。はっきり申し上げます。わが南相馬市は健康被害の心配なしに生活するための場所がじゅうぶん残されているということです、傷は思ったより浅いのです。そしてこの部分から力強い再生の動きを始めていかなければなりません。図書館やゆめはっと(文化会館)、文化センターなどできるだけ早いうちに再開し、生活物資だけでなく市民の精神面での活力を取り戻さなければなりません。市の中核が活性化すれば、いずれあの忌まわしい20キロ圏内の区域が戻ってきた暁に、全体としての市の真の再生がより一層加速することでしょう。
 
 そうです、緊急時避難準備区域は、今日から実質的には復興準備区域となるのであります。やむをえない事情があって他所に行かれる方を無理には引き止めませんが、しかしできるだけ多くの皆さんに私たちの南相馬市再生(ルネッサンス)という壮大かつ感動的なドラマの主人公になっていただきたい、これが市長としての心からのお願いであります。   
         2011年5月21日 
                           (偽)南相馬市長  」

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佐々木 孝

佐々木 孝 について

佐々木孝(ささき・たかし) 1939年北海道帯広市生まれ。2歳から引き揚げまでの5年間を旧満州で暮らす。1961年上智大学外国語学部イスパニア語学科在学中にイエズス会に入会。1962年同学科卒業。5年間の修練生活の後、1967年イエズス会を退会、還俗する。同年上智大学文学部哲学科卒業。1971年清泉女子大学講師、助教授、1982年教授となる。1984年常葉学園大学でスペイン語学科の草創に参加。1989年東京純心女子短期大学・東京純心女子大学(現・東京純心大学)教授。その間、東京外国語大学、駒沢大学、法政大学、早稲田大学などでも非常勤講師を務める。2002年定年を前に退職、病身の妻を伴い父祖の地・福島県原町市(現・南相馬市)に転居。以後16年にわたり「モノディアロゴス(Monodiálogos: ウナムーノの造語で「独対話」の意)」の名を冠したブログを死の4日前まで書き続けた。担当科目はスペイン思想、人間学、比較文化論、スペイン語など。2018年12月20日、小細胞肺がんのため宮城県立がんセンターにて死去(享年79)。洗礼名フランシスコ。
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3 Responses to 復興準備区域宣言

  1. 三宅貴夫 のコメント:

    京都からおはようございます。
    確かに、許容放射能の量の基準設定の根拠は曖昧で、「専門家」でもよく分かってないようです。そもそも放射線の低量長期暴露の身体への影響に関する科学的データがないようです。あの有名でかえって混乱させた「当面は身体への影響はありません」という官房長官の発言もありました。また神奈川県のお茶の放射線線量の許容範囲で厚生労働省と経済産業省の見解が食い違い、「出荷してよい」「いや駄目だ」「飲んでよい」「いや駄目だ」と自らの科学的データが曖昧かないなかで言い合っているだけなのでしょう。
    関西のテレビでは、20マイクロシーベルトは問題ない、放射線の人体への影響に「閾値」があると放射線医学者が公言していました。しかし彼もその発言を私たちに聞こえるよう発言を続けているわけではなし。こうして聞こえのよい「低ければ低いほどよい」となるのでしょう。これに生活を著しく混乱させないようにとの「常識的」あるいは「政治的」な判断が入ることになります。放射線量が多いはずの郡山市や福島市は避難区域に未だに指定されていません。34万都市の郡山市民が避難する場所などありません。
    優れた放射線科学の専門家は日本にたくさん居るはずですが、市民の立場に立って発言する人がなかなか出てきません。
    昨日の朝日新聞でNPO環境エネルギー政策研究所所長の飯田哲也氏の対談を読んでがっかりしました。市民の立場に立って調査研究、発言、提言するような科学者は、この間の原子力推進派の圧勝のなかで排除されてしまったとのことです。今回の原発事故が起きてしまったときに市民の助けとなる人が居なくなったようです。
    昔、民間のシンクタンク「原子力資料情報室」で「良識と生活をかけて」やっておられた高木仁三郎のような人がほとんど見当たらなくなったのでしょう。日本の先は暗い。
    ところで最近、原発事故に関して「政財官」にマスコミを加えて「政財官報」という言い方を聞くが同感だ。情報が独占され情報を流出がコントロールされている。「風評被害」を心配して情報を伏せておいたとか、「最近になって出てきた」あの福島原発を襲う津波の写真も、とっくの昔に東電が入手していたはずだーそうでないとおかしいーが、その時公表すると住民が混乱するかとの親心があったのでしょう。
    原発事故が起きてから原発を非難するのはたやすい。それまでに何をしてきたのか主要なメディアが自問する記事もまた未だ見かけない。「正義の味方」的なマスコミの姿勢には注意したい。巨大組織で権力をもった主要メディアの性格や本質は簡単には変わらない。同じ過ちをしてないかその報道姿勢と内容には注意しよう。
    それにしても原発事故に関して市民の立場から発言する勇気ある科学者が出てこないのだろうか。
    「おーい、誰かいないのか、科学者よ」

  2. 松下 伸 のコメント:

     皆様

     市民の立場にある専門家、必要です。
     利害や政治色にとらわれない意見
     聞きたいです。ぜひ・・
     思うのですが、
     インターネットなど、もっと活用できないのか?
     佐々木さまの、このブログのような・・
     ちなみに小生、テレビ大嫌いです。
     NHKラジオ深夜便だけ
     ときどき聞きます。

                       塵 拝

  3. 宮城奈々絵 のコメント:

    地震後の電力ダウンで情報入手の手段が無く、宮城の実家の両親はどこに行けば食料が手に入るか分からず苦労したと言っていました。でも、同時に言っていたのが、県知事か市長が「物資届きますから待って下さい」「もう少しの我慢。頑張って下さい」と声明を出してくれるていたら、気持ちは全然違ったはずだ…!(怒)とも言っていました。今の菅首相にも言えることですが、トップ足るもの、まずはメッセージを発して欲しいものです。校長先生のように。
    復興準備区域。早くそうなって欲しいです。小高から横浜に避難している友人家族も早く戻って、復興させたい、地域のコミュニティーを取り戻したいと言っておりますが、友人は母親でありますので、そうは言っても子供達が本当に大丈夫なのか心配な内は帰る勇気がないとも言っています。
    国が何でも隠蔽するもんですから、何が正しくて安全なのか分からない不安を呼び、ますます状況を悪いものにしている気がします。
    私も時々こんな時代の日本に産んでしまってゴメンナサイ…という自責の念に苛まれ、涙が止まらない日があります。特に子供達が子供らしく生き生きとしているのを見るとたまらない気持ちになります。
    こういう気持ち、トップの方々は実感として分からないのではないでしょうか…。

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