答えのない問い

★翌朝の追記
 いつもそうだと言えばそうなのだが、昨夜書いたもの、自分でも何か釈然としない、何か奥歯に物が挟まっているような気がしていた。朝、起きしなに、そうだ一番言いたかったことを書いていなかった、ということに気がついた。それはこういうことである。
 私にとって重要な決断がいつもそうであったように、選択の余地のあるものをいくつか、あるいは最終的には二つ、のプラス・マイナスを比較対照してのものではなかった。つまり決断の際、ほとんど逡巡しないできた、秤の針が一瞬のうちにどちらか一方に傾くように、気がつくとすでに決断していた。
 大事なことについては、日ごろから考えてきた、それも学問的・理論的にというより、生(せい)の重心に触れ合うところで考えてきた、ということだ。なんだかこう書くと剣の達人の境地を言っているようで誠に面映いが……
 ずばり本当のことを言えば、重要な決断の理由はすべて「後付け」だということ、もっとくだいて言えば「ちゃらんぽらん」。お粗末でした。あゝ、ちょっとスッキリしました。★追記はここまで。
★追記の追記  「生の重心」という分かりにくい表現を使ったが、言い方を換えればものごとを根っこから考えてみること(それは幼児の発する「なぜ?」に近い)。「根っこ」はラテン語でradix、その意味で言うなら私は「根っこ主義者」、radical、「根源主義者」。もちろん「過激主義者」とも「原理主義者」とも違いまっせ。むしろその対極に立ってます。★ 

 原発事故を含めての今回の大震災を私たちはどのように受け止めたか、どう対応したか、それこそ千差万別である。受けた被害の大小、家族などの人間関係、そればかりでなくまさにタイミングの問題も絡んで、実に多種多様な人間模様が浮き彫りになった。もちろん大震災のもっとも深刻な部分は現在進行中であるから、どれが正しい選択であったか、どれが不適切であったかは、それこそ予断を許さないし、私としては将来ともそれを判定する気にもならない。巻き込まれたすべての人がいわば被害者だからだ。もちろんゲンパツ事故は、何度も主張してきたように紛れようもない人災である以上、その責任は今後厳しく検証され、必要なら手厳しい法的責任をも問われなければならないのは今さら言うまでもない。
 
 しかしいま私が考えているのは、ゲンパツ事故以後に起こった事態、つまり政府によって策定された避難や屋内退避の指示を受けての人々の反応についてである。先日話題にした双葉町のおばあちゃんは数少ない例外として、20キロ圏内の避難指示にはさして選択の余地は無かったであろう。もちろんいったん避難したあと、情勢の変化というよりは無変化に業を煮やして、ときなは町ぐるみの新たな避難地への移動はあったが。
 
 つまりいま私が言うのは、正に私自身が置かれている屋内退避指示地域での対応の諸相についてである。もちろんこの指示とて時間の経過と共に、自主避難勧告、さらには現在、計画避難なんとかというわけの分からない区分けが加わっているらしい。「らしい」と言ったのは、当地での現在の環境放射線値の極端な悪化、飲用水の劣化、そしてもっとも重要な風向きによる危険度の増加がない限り、みずから避難する意志などこれっぽっちも持ち合わせていないからだ。
 
 話をもとに戻すと、既に報告済みのように、当初、当該地区の市民の八割近くが「自主避難勧告」以前の自主避難に踏み切った。しかしその後、徐々に避難先から戻ってくる市民の数が増え、正確な実数(市役所さえそれを把握していないであろう)は知らないが、避難者と残留者の数は逆転していると見て間違いないであろう。たとえば再開した店舗、部分的ながら診療を再開した病院など、徐々に市民生活は息を吹き返している。私ならずとも、放射線値の悪化などが無い限り、市民たちはもはや再度の避難はごめんだと思っているに違いない。
 
 さて前置きが長くなったが、ここからが実は本題である。といってあらかじめ答えが用意されているわけではない。私自身がその前に大きな疑問符を抱いて立ち止まっている問題だからだ。今日の午後のことから話し始めようか。午後、避難所にいる友人から電話が入った。事故の翌日から、何度か心配になって電話をかけたが誰も出ず、避難したのだろうと思っていた友人からの電話である。彼ばかりでなく、日ごろ親しい付き合いの会った友人が何人か、まったく消息がつかめなくなって久しい。それぞれ避難所もしくは子どもや親戚の家に避難したのであろう。
 
 ところで友人は避難所生活の素晴らしさを長々としゃべった。要するに避難所生活も捨てたものではなく、皆に親切にされるし(彼は持病を抱えている)、友人もできた。昨晩などフランス料理のシェフが出張してきて、皆に美味しい料理をふるまってくれた…ところが聞いている私は、正直に言うと、ことさら避難所生活の良いところを強調することの中に、裏返しに、いわば根扱ぎにされた不安定な非日常にあえて目をつぶった虚勢の響きを感じてしまったのである。しかし他人のことは言えない。もしかして、タイミングが微妙にずれて、私も彼と同じ選択をしていたかも知れない。それを踏みとどまらせたものは何か? 正直に言うと、究極のところは自分でも分からない。秤の針が一瞬どちらかに振れるように、一方に傾いたからだ、と言うしかない。
 
 大災難に遭遇して、かえって私たちは一体感を再認識したし、いまや心を合わせて、一つになって、復興を目指さなければならない、と毎日のように叫ばれ励まされている。そうであろう。それを否定することなぞできるはずも無い。しかし…今度の震災を機に、私たちがどれだけばらばらであったか、そしてその距離は互いの努力なしには、これからも埋められるはずもないのだ、という冷酷な現実もまた知らされたのではなかったか。わが家にもそれはあった。極限状況に置かれたがゆえにこそ、その違いがはっきり意識されたのである。つまり今度の大震災は、人々の心を互いに結びつけると同時に、また互いの違いをも苦く実感させたはず。だからこそ能天気な「日本は一つ」式の応援歌に、心のどこかで違和感を持つのだ。
 
 先ほどの疑問、なぜ私たちは、それぞれ多様な選択をしたのか、という疑問に正解は無いのかも知れない。そして結局最後に残るのは、私たちは何と不安定な存在か、予測できない事態に遭遇して、一瞬のうちに根扱ぎにされてしまう何と弱い存在であろうかということ。ただここで念のために強調しておかなければならないのは、そうした不安定な位相に人間を追いやるのが自然ならまだしも、愚かな政治や、結局は投機的な欲望を正当化する国際経済の犠牲にだけはなんともしてもなりたくない、ごめんだ、という強い思いである。
 
 肉親さえ一瞬のうちに失うという悲劇の直後に、テレビから流れて来るニュースがその結果円相場の暴落が始まったとかなんとか、その残酷なアンバランスを不思議とも矛盾とも受け取れなくなっているとしたら、つまり人間の不幸が誰かの投機的な欲望を刺激する契機となっている世界経済の狂った現実を不思議とも思わなくなっているとしたら……あゝそこまで問題を広げると収拾がつかなくなる。
 
 ともあれ、この大震災とりわけゲンパツ事故は、私たちにさまざまな、そして最需要な問題を突きつけていることだけは確かである。それにしては授業料が高すぎるが…

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佐々木 孝

佐々木 孝 について

佐々木孝(ささき・たかし) 1939年北海道帯広市生まれ。2歳から引き揚げまでの5年間を旧満州で暮らす。1961年上智大学外国語学部イスパニア語学科在学中にイエズス会に入会。1962年同学科卒業。5年間の修練生活の後、1967年イエズス会を退会、還俗する。同年上智大学文学部哲学科卒業。1971年清泉女子大学講師、助教授、1982年教授となる。1984年常葉学園大学でスペイン語学科の草創に参加。1989年東京純心女子短期大学・東京純心女子大学(現・東京純心大学)教授。その間、東京外国語大学、駒沢大学、法政大学、早稲田大学などでも非常勤講師を務める。2002年定年を前に退職、病身の妻を伴い父祖の地・福島県原町市(現・南相馬市)に転居。以後16年にわたり「モノディアロゴス(Monodiálogos: ウナムーノの造語で「独対話」の意)」の名を冠したブログを死の4日前まで書き続けた。担当科目はスペイン思想、人間学、比較文化論、スペイン語など。2018年12月20日、小細胞肺がんのため宮城県立がんセンターにて死去(享年79)。洗礼名フランシスコ。
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2 Responses to 答えのない問い

  1. 松下 伸 のコメント:

     佐々木 様
     
     緊張して拝読。
     塵も落ちるどころか、吹き飛ぶようなご発言。
     貴く、重たく、思います。
     再読、再考いたします。
     取り急ぎ。
                       伸 拝

  2. chin のコメント:

    『ひとつになろう日本』のスローガンに、始めは違和感を覚え、次第に恐ろしさを感じ始め、『別にひとつにならなくたっていいじゃん』とテレビに向かって、ひとりでつぶやいている今日この頃でした。
    ま、ひとつにならなければ個々の道徳心であるとか、敬う気持ちとか、大切であるとかのを疑わざるを得ない時代になっているのかも知れませんが。
    大きな流れと異なる意見を持つと、聞き入れてもらえないもどかしさがあります。
    認めてもらわなくてもいいですが、先が見えていないのに、全体がただひとつの方向に行進する様はやっぱりコワイです・・・。

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