時々刻々の記録

三月十九日午後一時現在
 ちょっと前、来意を告げる電話に続いて小学六年のとき以来の友人西内君が大量の食料を持ってきてくれた。彼も、身重のお嫁さんを伴って避難していった他の家族とは別行動をとって、ひとり留守宅を守っている。つまり彼の家の周囲には老人たちが多く、その人たちの世話をするべく、区長さんとしての責任を果たすためである。この幼友達の見上げた行動に脱帽。彼にはスペイン語教室その他でも日頃からお世話になっている。食料の中には、愛のためのアイス・クリームなど五、六個も混じっていた。
 
 風は強いが(幸い北西からの風)、外には明るい春の陽が輝いている。しかし近所からはまったく音が聞こえてこない。大災害に遭った、そしてそれがまだ続いている町にはどうしても思えない長閑さである。
 
 ありがたいことに、頴美が作って持ってきてくれた暖かくて美味しい昼食を食べ終わったところである。二階は私たち夫婦だけだが、下の居間ではばっぱさんが可愛い曾孫の愛たちと一緒に食卓をかこんでいるはずである。ふと避難所での集団生活のことを想像してみる。避難していたら、と想像するだけで身震いしそうになる。

★「遅れをとる」ということ(午後四時ごろ記す)
 思えば、これまで何度も遅れをとってきた。小さい頃のことを言えば、旧満州で敗戦の噂が熱河省の灤平という辺地にまで伝わってきたとき、町中の日本人が色めきたって駅に駆けつけ、折りよく都合できた貨車で大挙して避難行を始めたとき、ばっぱさんは(既に一年数ヶ月前に父は病死していた)当時朝陽にいた弟の一家と合流すべく、翌朝出発する省公署のトラックで遅れて避難する腹を決めていた。結果的に言えばそれが幸いした。先発した日本人たちは途中悲惨な目に遭ったそうだから。だから今回、もしばっぱさんが状況をはっきり理解していたとするなら、私と同じ決断をしていたはずと確信している。そのばっぱさん、夢にまで見た我が家での生活に戻れて、幸せそうに曾孫の愛と遊んでいる。
 
 次の遅れ。それは高校時代、たしか学年末試験の直前だったか、ある朝いつものようにカバンを提げ高歯を履いて学校まで行くと、みな必死に鎮火後の校舎を片付けていた。隣町から通っている同級生までが、母校の火事を聞きつけて馳せ参じていたのだ。実にバツの悪い思いをしたものだ。
 
 大学時代、六十年安保闘争の真っ只中、ある日の夕刻、代々木初台の学生寮に戻ると、賄いの小母さん初め寮生が一人もいない。おかしいな、と思って掲示板を見ると、今夜は安保反対のデモに参加するから、各自自分で夕食をとってください、との貼紙があった。時代にひとり取り残された感じを味わいながら冷たい夕食をひとり淋しくとった。
 
 いやいや数え上げればその種の遅れはきりが無い。あるものは面目ない遅れだが、あるものは「遅れた」ことによって事態がよりはっきり見えてきただけでなく、結果的に幸いしたこともある。さて今回の「遅れ」はそのどちらだろう。これこそ正に「予断を許されない」ことである。

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佐々木 孝

佐々木 孝 について

佐々木孝(ささき・たかし) 1939年北海道帯広市生まれ。2歳から引き揚げまでの5年間を旧満州で暮らす。1961年上智大学外国語学部イスパニア語学科在学中にイエズス会に入会。1962年同学科卒業。5年間の修練生活の後、1967年イエズス会を退会、還俗する。同年上智大学文学部哲学科卒業。1971年清泉女子大学講師、助教授、1982年教授となる。1984年常葉学園大学でスペイン語学科の草創に参加。1989年東京純心女子短期大学・東京純心女子大学(現・東京純心大学)教授。その間、東京外国語大学、駒沢大学、法政大学、早稲田大学などでも非常勤講師を務める。2002年定年を前に退職、病身の妻を伴い父祖の地・福島県原町市(現・南相馬市)に転居。以後16年にわたり「モノディアロゴス(Monodiálogos: ウナムーノの造語で「独対話」の意)」の名を冠したブログを死の4日前まで書き続けた。担当科目はスペイン思想、人間学、比較文化論、スペイン語など。2018年12月20日、小細胞肺がんのため宮城県立がんセンターにて死去(享年79)。洗礼名フランシスコ。
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9 Responses to 時々刻々の記録

  1. Asai hisashi のコメント:

    おはようございます。朝飯食べた? が私のいつもの挨拶です。
    佐々木さんの記事を中日新聞で読みました。「羅生門」の婆さんのように知恵を働かして生き延びるのが正しいと思います。ここでは「絶対の悪」とは原発ですから。賢しい若者が突然弱者に襲いかかるのに、ぐっと踏みとどまり、言葉で押し返すことの意味を改めて考えてみます。
    ごきげんよう。

  2. 惚け爺 のコメント:

      中日新聞で拝読しました。
     日頃、各報道を視聴しながら悲憤慷慨する日々でした。総て仰るとおりの現状が繰り広げられ”したり顔の解説者・報道関係者”が尤もらしく評論家然として「稼いで」います。
     思うに、日本って不思議な国ですねぇ、或る日突然に何処から探し出してくるのか色々な方々が登場して無知蒙昧の私たちに教えて頂ける。
     被曝容量など~では何故この基準が定められているのだろう~に対しての解説は無い。無論”国”も・・・。
     許せないこと
     東京消防庁の会見で「隊長が、絶句しながら隊員の家族に謝罪された意味が納得できた」石原知事の抗議。個人的には決して好きではない知事だが、何処かの大臣が義務を強要し”処分を散らすかせた”云々。
     でも日本って、素晴らしい人々成り立っている。人は殆どの方々が、善悪・愛憎など双方を兼ね備えて生きていると思います。 前に立った人により変わって仕舞う、鏡のような人間ではないしょうか。 何時も良い顔で過ごしたいものです。(千字出てしまいましたでしょうか)

  3. domingo のコメント:

    ていぼーさんらしいブログで
    千代先生の健在を知って喝采です。
    美子さんのご健勝も祈っております。
    病院の送迎車の帰りに販売店によってもらって
    朝日新聞をもらってきました。

  4. まゆ のコメント:

     私が幼稚園だったころのおぼろげな記憶です。
     夜中に父の勤務する高校が火事だというので、父は即座に身支度をして出掛けて行きました。その後しばらく出火原因について消防や警察といろんなやりとりがあったようです。父は漏電説が有力とみていたようですが、結論は出なかったようです。
     私が炭窯と畑を借りている村に、原町の浜の方々が再度の避難をされています。村の方々は、風呂に入ってもらったり、珈琲を淹れたり(珈琲屋が一人います)、できる限りのことをしています。
     私もガソリンがないなどと言っていられません。いまこそ遅れをとってはならないと・・・

  5. あおい のコメント:

    佐々木 孝 様
    (ご家族方々 宛)
    >2011年3月21日 9:08
     あおいさん、あたたかなメールありがとう!元気にがんばってますよ。
     朝日新聞と東京新聞に写真入りの記事が出たそうですが、私のところには届きま
     せん。でも確実に私のメッセージが伝わってうれしいです。これからもぜひよろ
     しく。お互い、この逆境をしたたかに生き抜きましょう!

    メッセージ・・・受け取りました。

                                            記述:『あおい』

  6. 大久保 斉子 のコメント:

    佐々木孝先生
     先ほどは懐かしいお声を聞くことが出来て、本当にうれしく思っています。長い間のご無沙汰をお許しください。ずっと気になりながらも先日来『モノディアロゴス』を見つけて読ませていただいてました。朝日新聞に載った記事で検索して。そろそろ電話が通じるのではと先ほどお電話いたしましたら、簡単に通じてびっくりです。東京新聞の記事をお待ちしています。お役に立つことがありましたらどうぞご遠慮なく。皆様の平安をお祈りしています。

  7. 自分勝手な考えですね のコメント:

    あなたみたいな人のことを自分勝手と言うのですよ。家の中で退避しているだけでしょ?ドライバー本人も家も家族も被災しているんじゃないの?木を見て森を見ず。

  8. 佐々木 孝 fuji-teivo のコメント:

    返事するのも馬鹿らしいのですが、どうぞ私の言っていることを冷静に読んでください。マスコミに身をさらした以上、あなたのような見当違いの非難が返って来るのはある程度覚悟はしてましたが、あなたの批判はまったくの的外れですよ。どうかきちんと読んでください。お願いします。それから言うまでも無いことですが、今回の大震災で大変な難儀を現に耐えておられる沢山の罹災者の方々に深甚なるご同情と、そして或る意味では申し訳ないという気持ちを感じつつ、とりあえずこの南相馬市の一部で起こっていることに関して批判したり注意を喚起したりしてきたわけです。もうこれ以上弁解めいたことは言うつもりはありません。どうぞ宜しくお願いいたします。

  9. 自分の意見です のコメント:

    自分も一刻も早く、街の復興と住民の方の元通りの生活を望んでいます。気持ちは同じですのでご了承お願いいたします。

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