暫定的もしくは限定的信・不信について

 今回の震災に関してさまざまな報道や見解や提言が飛び交っている。その全般についてコメントする用意はない。いまはただ一点について述べておく。
 
 原発事故に関するさまざまな経過報告がなされ、そして具体的な数値などが公表されている。確かにある場合は現状報告のスピードが遅い、いや遅すぎる。しかし被害現地にいる者としては公表されたものを先ず信じるしかない。というより敢えて信じるべきだとさえ思っている。
 
 私自身は日ごろから政治や国のあり方については批判的な人間である。原発に関しては、当初から絶対反対を唱えてきた。東電はもちろん設置市町村の長たちの姿勢を厳しく批判してきた。しかし避難所にいる一人の市長は今になって東電に対して怒っている、などと泣き言を言っている。しかし私からすれば、原発設置やその維持を積極的に推進してきたおのれの不明を、いや過誤をまず反省すべきではないか。周囲の批判に耐えながら設置反対の姿勢を貫いてきた少数派の市民や町民におのれの不明をまず詫びるべきではないか。
 
 わが南相馬市の現状に関しては、政府や国の公的機関に対する不信が底流していることを認めざるを得ない。つまり日ごろは為政者たちに何の批判も加えずに、悪く言えば盲従してきた圧倒的多数の「善良な」市民たちが、この危機的状況にあって不信感を顕わにし、そしてその不信感のもとに行動したという事実である。つまり屋内退避地域の大多数の人間が、その指示を疑い、そして現在の通信機器から得るまことしやかな「真実」の方を信じたわけだ。放射線測定値は偽の数値で、実はもっと危険度が高い数値を隠している、だからまず遠くに逃げなければ、などと判断したわけだ。
 
 私は昔なら「非国民」と言われかねない意見をずっと表明してきた人間である。しかし今回のことでは(暫定的かつ限定的に)公的見解や発表されてきた数値などを「信じ」ている。屋内退避の指示に従ったことによって、万が一命を落とすことになったら、世の終わりまで何万回でも「化けて」出て、為政者たちを呪い殺すつもり(あゝ恐ろし!)である。
 
 昨夜の文章の中で、職場放棄という少々きつい言葉を使ったが、緊急の場合に自分の命を守ることは許されるのでは、と思われた方もあったかと思う。もちろんである。愛する妻や孫の命が救われるならわが身を犠牲にしてもいいと思っている私でも、例えば濁流にもまれたときなど、ついわが身の保全を本能的に選択することはじゅうぶんありうると思っている。しかし今回の南相馬市の場合、そうした危険度の高い状況にはなかったのである。もちろんスタッフの中には、津波被害でわが家を失い、家族を失った人もいよう。そのスタッフが残された家族と一緒に避難するのはとうぜんの行為である。私が言ったのは、我が家の場合のように家屋倒壊を免れ、電気や水道も確保された状況の中で、すでに述べたような「不信」あるいは「風評」に狼狽して、病人や老人たちを見捨てた人たちのことを言ったのである。
 
 もちろん事態が収まったとき(あゝそうなったらどんなにいいことか!)、あのときだれと誰がそのような行動に走ったか、など詮索するつもりも非難するつもりも毛頭ない。だれもが前述したようなのっぴきならぬ状況の下での苦渋の選択をしたと「信じる」つもりである。
 
 ただ願うのは、事態が少し好転して、外部から善意のボランティアたちが駆けつけてくれる前に、彼あるいは彼女たちが一分でも早く職場に復帰して、施設の再建に全力を尽くしてくれることだけである。

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佐々木 孝

佐々木 孝 について

佐々木孝(ささき・たかし) 1939年北海道帯広市生まれ。2歳から引き揚げまでの5年間を旧満州で暮らす。1961年上智大学外国語学部イスパニア語学科在学中にイエズス会に入会。1962年同学科卒業。5年間の修練生活の後、1967年イエズス会を退会、還俗する。同年上智大学文学部哲学科卒業。1971年清泉女子大学講師、助教授、1982年教授となる。1984年常葉学園大学でスペイン語学科の草創に参加。1989年東京純心女子短期大学・東京純心女子大学(現・東京純心大学)教授。その間、東京外国語大学、駒沢大学、法政大学、早稲田大学などでも非常勤講師を務める。2002年定年を前に退職、病身の妻を伴い父祖の地・福島県原町市(現・南相馬市)に転居。以後16年にわたり「モノディアロゴス(Monodiálogos: ウナムーノの造語で「独対話」の意)」の名を冠したブログを死の4日前まで書き続けた。担当科目はスペイン思想、人間学、比較文化論、スペイン語など。2018年12月20日、小細胞肺がんのため宮城県立がんセンターにて死去(享年79)。洗礼名フランシスコ。
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