ハチャ柿?

 ここ数日、急に寒くなってきた。そのせいだけではないと思うが、一昨夜、風呂のあとなんとなく腰が痛くなり、昨日は朝から腰がまっすぐにならない。ギックリ腰のような痛さはないので、美子との散歩やばっぱさん訪問は続けているが、なんとも情けない格好で歩いている。こうなればむしろ一人で歩くより美子の介護役の形をとった方が格好がつく。つまりスーパーに入ってもカーゴを押している方が目立たないのと同じ理屈である。

 ここ二、三年、毎年恒例であったギックリ腰の襲来は不思議に途絶えているが、腰痛が時々起こるのは相変わらずである。偉い整骨医か整体師などに診てもらえば一発で直るかも知れないが、まだそれほどのことはするまでもない、と思っている。ただ美子の服を着せたり脱がせたりなど中腰の作業は辛い。

 だから、ばっぱさん訪問の前に旧国道沿いの南国屋という果物や野菜を安く売っている店で、目当てのものが店頭にあったときにはさすがに若旦那に車まで商品を運んでもらわなければならなかった。十一月も中旬、そろそろ店頭に並ぶころかな、と思って廻ってみたのだが正解だったのだ。それは何か、もったいぶるまでもないが、今どき珍しい木箱に入った大量のハチャ柿である。

 相馬を懐かしむ帯広の叔父などに時々「あんぽ柿」を送ることはあっても、自分たちは田舎暮らしをしながらめったに干し柿など食べたことがない。つまりそれだけ高価なのだ。それで今年はひとつ、安い渋柿でも少し多めに買って、自分の家で作ってみようか、と頴美と話し合ったことを思い出したのだ。数日前に寄ったときには無かったはずの渋柿が今日は五、六箱並んでいたのだ。「ハチャ柿」、二千五百円と千九百八十円と二種類あった。個数はどちらも百個(はないか?でも70個は確実に入っている)、迷わず安い方を買った。青森産らしい。

 今までも目にしたことはあったが、それにしても「ハチャ」とはどういう意味なんだろう。帰ってきてから、早速ネットで調べてみた。万能のヤフーにも出てこない。じゃ、干し柿の作り方で検索したらどうか。出ていた!ハチャではなくハチヤ、つまり岐阜県美濃加茂市蜂屋町原産の渋柿と出ていた。いまでは品種改良が進んで青森あたりでも作られるのだろうか。

 さらによく調べると、福島県伊達名産の「あんぽ柿」も品種はこの蜂屋柿だそうだ。そしてついでに福島県人としては当然知っているはずの、重要な史実を初めて知った! 前から不思議に思っていたが、なぜ伊達という地名が福島県にあるのか、その謎が一気に解けたのである。つまり仙台藩の開祖・伊達氏は福島県伊達郡を発祥の地とし、伊達氏十四世稙宗公まで梁川の梁川城、桑折の西山城を拠点とし、十七世正宗公までこの地は伊達家の本領だったのである。あゝ無知とは、げに恐ろしきことなり。

 いつか自家製の梅で梅干を作りたいという頴美は、昨年梅の苗木を庭に植えたが、今年は干し柿作りに挑戦すると言う。ただし以前、下の縁側に何個か干したときには、何という鳥か知らないが、そいつにいつの間にかすっかり食べられたので、今回は二階縁側に干してもいいか、と言う。もちろんよろしい。果肉が美味しい羊羹状に干しあがるまで、喜んで見張ってあげましょう。

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佐々木 孝

佐々木 孝 について

佐々木孝(ささき・たかし) 1939年北海道帯広市生まれ。2歳から引き揚げまでの5年間を旧満州で暮らす。1961年上智大学外国語学部イスパニア語学科在学中にイエズス会に入会。1962年同学科卒業。5年間の修練生活の後、1967年イエズス会を退会、還俗する。同年上智大学文学部哲学科卒業。1971年清泉女子大学講師、助教授、1982年教授となる。1984年常葉学園大学でスペイン語学科の草創に参加。1989年東京純心女子短期大学・東京純心女子大学(現・東京純心大学)教授。その間、東京外国語大学、駒沢大学、法政大学、早稲田大学などでも非常勤講師を務める。2002年定年を前に退職、病身の妻を伴い父祖の地・福島県原町市(現・南相馬市)に転居。以後16年にわたり「モノディアロゴス(Monodiálogos: ウナムーノの造語で「独対話」の意)」の名を冠したブログを死の4日前まで書き続けた。担当科目はスペイン思想、人間学、比較文化論、スペイン語など。2018年12月20日、小細胞肺がんのため宮城県立がんセンターにて死去(享年79)。洗礼名フランシスコ。
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