夕食後、何気なく(これ、いつもの通りです)点けたテレビで、アメリカの中学校らしきところで神父やシスターがなにやら深刻な問題をめぐって議論している場面が映し出された(今年十月末まで無料お試しキャンペーン中のWOWOWです)。見るとはなしに見ていると、これがなかなか迫力があり、眼が離せなくなり、とうとう最後まで見てしまった。最後の三分の一くらいだったから、話の筋ぜんたいを掴むことはできなかったが、要するにシスターの校長が教師の一人である神父に対して、黒人男子生徒との性的関係を疑って、とうとう彼を放逐するという筋である。
どこかで見たことのある校長だな、と思っていたらこれがメリル・ストリープ、そして神父はフィリップ・シーモア・ホフマン、これに若い真面目な(?)シスター(エイミー・アダムスが演じる)がからんで、実に深みのある面白い映画になっている。後で調べて見てこの映画がトニー賞とピューリツアー賞を同時受賞した舞台劇を、原作者のジョン・パトリック・シャンレー自身が映画化したものだと知って納得した。原題はDOUBT、邦題は「ダウト/あるカトリック校で」。
とにかくメリル・ストリープがすごい。ウソをついてまで神父を追い込んでいくのだが、彼女が若いシスターに言った自己弁解の言葉がこれまたすごい。悪を追い出すには、小さな悪を犯してでも恥じることはない、ウソなどという小さな罪は後で償えばいい。この気違いじみた現代版魔女裁判は、と改めて時代設定を調べると、1964年、アメリカの大転換点の年、つまり前年若き大統領が暗殺され、公民権運動などを通して変革を求める勢力に対して頑迷固陋な守旧派が死に物狂いの戦いを挑んでいた時代である。
いまでは聖職者による性犯罪など珍しくもない時代になってしまったが、この映画の力点は、罪を犯す側より、それを異常なまでに執拗に弾劾し、ついには殲滅せんとする保守勢力の暴走に置かれている。後年その動きがさらに加速して政治の世界にまで拡大したのは、言うまでもなく2001年9月11日以後のアメリカのアフガニスタン紛争、イラク戦争への暴走である。
ただ、映画の最後、それまで自信に満ちていた校長が、若いシスターに突如見せた苦しげな疑惑の表情(映画の原題ダウトはこれに由来する)を見ることで、われわれは狂気からの覚醒への望みをわずかながら持つことができる。それにしても信仰とか信念に凝り固まった人間の闇の深さよ。
メリル・ストリープ演じるシスターは、少なくとも出発点では真面目で悪を憎む正義の人ではあろう。保守派といったら間口が広すぎるので守旧派とでも言おうか、彼らはおおむね真面目で正義感に燃えた人たちかも知れない。しかしいつの間にかその正義感は、独善的で狭隘な思い込みに変じていく危険がある。自分たちの価値観、信念を唯一の尺度にして、それとは違う者を排斥するだけでなく、ついには存在までも抹殺せんとするに至る。
ナサニエル・ホーソンの小説『緋文字』に描かれた魔女裁判や、1950年代のマッカーシズムと、米国社会の闇は奥が深いが、そんな他国のことをあげつらってばかりはいられない。わが日本にしても狭隘なナショナリズムへの傾斜は、20世紀前半でいやというほど経験したし、もう同じ闇に転げ落ちることはないだろうとの保証は、どこにもないのである。
映画はもちろん、副題にあるとおり「~あるカトリック校で~」起こった事件を扱っているが、あらゆる時代、あらゆる国に起こりうる深い魂の闇のドラマをみごとに描いている。全編を見ようと、あやうくアマゾンにDVDを注文しようとしたが、そんなことをすれば今でさえ考えなければならぬ課題が山積してるのに、と辛うじて踏みとどまった。でも確かにいい映画であることは間違いない。
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