【再掲】焼き場に立つ少年(2017年8月9日)

田上富久・長崎市長は平和宣言で、今年7月の核兵器禁止条約の採択を「被爆者が長年積み重ねてきた努力がようやく形になった瞬間だった」と歓迎する一方、日本政府に対し、「条約の交渉会議にさえ参加しない姿勢を、被爆地は到底理解できない」と批判した。
 (それに対し)首相は「真に『核兵器のない世界』を実現するためには、核兵器国の参加を得ることが不可欠だ。しかし、条約には核兵器国が1カ国として参加していない」、とし、「核兵器国と非核兵器国の隔たりを深め、『核兵器のない世界』の実現をかえって遠ざける結果となってはならない」と主張した。
 今日、長崎市で行われた平和式典での、相異なる二つのメッセージ。一見、安倍首相の見解は、長崎市長の理想論にくらべて、現在の世界状勢からみてより現実的で妥当なものと見えるかも知れない。しかし本当にそうであろうか。首相の見解は現に日本がアメリカの核の傘に庇護されていることへの政治的配慮、要するに悪しき意味での駆け引きに過ぎないのではないか。もし首相の言う通りだったら、日ごろから核廃絶をめぐってアメリカなど核保有国への必死の働きかけをしていそうなものだが、その姿勢は少なくとも現在まで全く見られないのはどうしたことか。
 どんなに詭弁を弄しようが、世界の非核兵器国からは核兵器国の仲間としか見られていないのは明らかであろう。そして核兵器国からは自分たちの姿勢を是とし擁護する強力な助っ人と見られていること、これもまた明らかな事実である。しかし日本がとるべき姿勢は、唯一の被爆国として先ず非核兵器国の側に身を置き、しかる後その立場から核兵器保有国に対して執拗かつ持続的に核廃絶を訴えていくべきではないのか。とるべき立ち位置が最初から逆なのだ。
 そんなことを改めて強く感じたのは、今日もネットの画面にあの「焼き場に立つ少年」の写真見たからだ。見ているうち胸が苦しくなり、涙があふれてきた。涙腺が緩くなった耄碌爺さんの涙だなんて茶化さないでもらいたい。まだ見たことのない人がいたら、「焼き場に立つ少年」で検索したら、すぐ見れるはずだから、どうか試してください。
 撮影者はジョー・オダネルさん。彼はこう説明している。「炎を食い入るように見つめる少年の唇に血がにじんでいる」「少年があまりきつくかみ締めているため、血は流れることもなくただ少年の下唇に赤くにじんでいました」
 オダネルさんは 1922年5月7日に生まれ、2007年8月9日に死んだ元従軍カメラマン。今日初めて気が付いたのだが、彼が死んだのが奇しくもまさに今日、つまり長崎に原爆が投下された日と同じ日だということだ。ついでに言うと、以前彼の名を初めて聞いたとき、私の高校時代のペンパルのマリーさんと同じ姓ではないかと思っていたが、今日初めてそのスペル Joseph Roger O’Donnell を見てそれも確認できた。私はオドンネルと発音していたが正確にはオダネル、つまりアイルランド系アメリカ人の名だということ。ちなみにマリーさんは私と相前後して修道院に入ったが、これまた相前後して還俗し、最近は全く音信不通になってしまったもののやはり結婚して、たぶん今頃はいいおばあちゃんになっているはず。
 思わず余計なことまで書いてしまいましたが、ぜひオダネルさんの写真「焼き場に立つ少年」を見てください。お願いします。私は画像をコピーし、見たいとき、つまり自分の心に平和への強い覚悟を注入したいとき、いつでも見れるようにしました。いつの日か、出る涙が喜びの涙に変わることを切に願いながら。

※息子による追記
今朝見たNHKニュースで、この少年のことが取り上げられていて、写真を解析し、長崎の被ばく医療専門の医師に見せたところ、医師が指摘したのは、少年の目の充血痕、鼻腔の詰め物をから、少年も爆心地に近い場所で被ばくし、浴びた放射線の影響により出血しやすい状態だったのではないかということである。オダネル氏が目に焼き付けた少年の唇ににじむ血も、彼の悲痛な心情とともに、被ばくの事実を示すものなのかもしれない。

※再追記
今日午前に行われた長崎市の平和公園での平和祈念式典に出席した安倍首相は、3年連続、あいさつで核兵器禁止条約に言及しなかったそうである。

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4 Responses to 【再掲】焼き場に立つ少年(2017年8月9日)

  1. 守口 のコメント:

    8月9日の日に、再度「焼き場に立つ少年」のコメントを再登場させてくださってありがとうございます。長崎市長と安倍首相の見解の差が全く埋まっていない現在、私たちは執拗に、被爆者の立場に立つ、自分自身の立ち位置を再確認しなければなりませんね。一方、世の中が何ら良い方向に進んでおらず、はっきりしているのは我々が加速度的にますます非寛容になりつつある現実を見るとき、オルテガのコメントは胸に強く刺さります。アモラルはいまの日本では、政治にも社会全体にもはびこって、我々はあきらめとともに、自省すら放棄しつつあるのかもしれません。W杯ラグビー、オリンピックなどにかまけている場合では、本当はないはずですね。そのあとが、本当に怖い!!

    • 富士貞房Jr. 富士貞房Jr. のコメント:

      守口様

      父の死後もモノディアロゴスを訪れてくださり有難うございます。
      お寄せいただいたお言葉、まったくその通りと存じ、同意いたします。
      大衆によって導かれた70余年の戦後民主主義の有り様、特に平和に対する意識について、オルテガの名著「大衆の反逆」から改めて根本的に検証する必要があるのではないかと感じております。

  2. 佐々木あずさ のコメント:

    2020年8月8日(土)
    「呑(どん)空(くう)庵(あん)」とは、師匠の佐々木孝さん(スペイン思想家、帯広生まれ)の思索の場です。4年前より「呑空庵十勝支部」を拝命し、先生の著作集の無料貸本屋を営んでいます。
     「寄りあい処 呑空庵」の屋号がひらめいた私は、早速、先生にお話ししました。するとすぐに「スペイン語で寄り合い処、常連の集まりをテルトゥリア(tertulia)といい、ウナムーノもオルテガも彼らの思想の苗床としてました。楽しく頑張って、多くの常連・仲間を作ってください。」とメッセージを頂戴しました。この時のことをついこの前のことのように感じ、胸が躍るのです。
     師匠のことをお話すると…「モノディアロゴス」で思索を世界中にインターネット配信してこられました。残念ながら、もう会うことはかないません。今となっては、これらの著作をとおして心の中で師匠と対話を重ねています。自分との対話です。ほんの少しですが、「モノディアロゴス」しているような気がする今日この頃です。
     戦時中は満州で暮らし、動乱の中を母親に守られながら、十勝に戻った体験を原点とする孝先生。思春期、青年期と重ねられた思考「モノディアロゴス」は、スペイン語や韓国語などにも翻訳されています。現在、南相馬市のご自宅には、最愛の奥さまと息子さん一家が暮らしています。
     さて、8月6日と9日を迎える夏。今朝、核兵器禁止条約に3か国が批准したことを新聞で知りました。アフリカのナイジェリア、ヨーロッパのアイルランド、南太平洋のニウエの国々が批准書を寄託したとあります。発効に必要な50か国まであと7か国。その7か国に日本が入る可能性は…。ため息が出ます。でも、地球規模で見ると、やはり核兵器との共存にNO!を突きつける国があるのです。この事実に感謝です。
     さて、この焼き場の少年の写真を目にした方も多いことと思います。この写真がバチカンに届き、法王がメッセージを出しています。以下に、佐々木孝先生から受け取ったメールを転載します。どうぞ、今一度お読みいただけると幸いです。先生がこの写真にスペイン語の説明文をつけてニコラス神父に送ったのは2017年の8月。今から3年前の夏の事でした。

    • 佐々木あずさ のコメント:

       お久しぶりです。孝先生の言葉を読み返しながらモノディアロゴスすることがあります。寂しい…。そんな気持ちになることもあります。
       明日は8月9日。先生が3年前にいただいたメールを読み直しました。私一人のものにするにはもったいない、そう思いましたので、友人たちときょうゆうさせていただきました。

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