続・女性讃歌

 先日の女性讃歌に、一つ大事なことを加えるのを忘れていた。耐久力、我慢強さである。もともと女性は、肉体的苦痛に対して、男性よりはるかに我慢強いが、精神的な苦痛にもそう言えるのでは、と思っている。男性は、鈍感だからだよ、と負け惜しみを言うかも知れないが、それは負け惜しみ以外のなにものでもない。

 ということは、逆境に、苦境にも強いということだ。めったなことではアゴを出さない。いま世は不況の真っ只中。テレビでもとつぜん職を失い、住む家を失った人たちの姿が映し出されているが、しかしその多くは男性である。もちろん女性だって、派遣を打ち切られたり、社員寮を出なくてはならなくなった人がいるであろう。じゃ彼女たちはどこに行った? テレビの取材班が彼女たちの姿を撮るにシノビナクて撮らなかったのか。いやたぶん彼女たちは実家に帰ったり、友達の下宿にころがりこんだり、なんとか急場を凌いだのである。ズルイ?いや賢いのだ。

 つまり女性は男性よりはるかに現実的である。適応能力が高いと言ってもよい。男性陣はまたもやそれを、理想を持ってないからとか、恥知らずだからとか言うかも知れない。負け惜しみ、いやとんだ言いがかりである。ともかく女性は不況にも強い。

 太古の昔から、果て無き夢を抱いて、秘境、高峰、異国、未知の世界、さらには宇宙へと果敢に挑戦したのは男性軍である。ご立派!いよっー大統領!である。一攫千金を夢見てエル・ドラードに血眼で群れ集ったのは、ほとんどが男性だろう。その意気や尊し。でもそろそろペース・ダウンしない?山羊のように(だったっけ?)やたら高いところに登りたがるのは、もうよそうか。いや「ずっと」でなくてもいい、「しばし」のあいだ。

 「神は細部に宿りたもう」と、たしかドイツの美学者だかの言葉を唐突に思い出した。その言葉のもともとの意味がどうであれ、私は次のように解釈している。つまり「神」すなわち価値あるもの、崇高なるもの、本質的なるものは、けっして巨大なもの、大仕掛けなもの、見映えのいいもの、などの中にあるのでなく、身近の、あまりぱっとしない、一見みすぼらしくさえ見えるものの中にこそ存在する、と。

 たとえば北極圏の壮大なオーロラは確かに美しいが、しかしほら、そこ、あまりに見慣れているためにそれと気づかないものの中にも美しいものがあるんだよ、ということ。派手なポンポン・ダリヤ(だっけ?)より、便所の側の日陰に咲いた青い小さな星型の花(あれ何て名だっけ?)もまた美しい。いや、健気だからなおのこと美しい。しかしその美しさを見分け堪能するには、小津安二郎のカメラ・ワークが必要だ。つまり思い切ったロー・アングルからの視点。

 非日常よりも日常、壮大な夢よりつつましやかな現実、天文学的数字の金が秒単位で変動する虚構の広場・株式市場より、手垢にまみれた小額紙幣や貨幣が飛び交う地元商店街、鼻息荒い起業家集団の根城・六本木ヒルズより……なんだかお笑いのクール・ポコの口上(「男[ここでは女]は黙って…」)に似てきたのでこの辺でやめる。

 佐々木小次郎の燕返しじゃないが、最後に脈絡もなくひらりとひと言。平凡な、しかし充実した人生を送るには、つまり一見無味乾燥な「日常」を意義あらしめるには、処世術とは違う真の哲学が必要である、と。

佐々木 孝 について

佐々木孝(ささき・たかし) 1939年北海道帯広市生まれ。2歳から引き揚げまでの5年間を旧満州で暮らす。1961年上智大学外国語学部イスパニア語学科在学中にイエズス会に入会。1962年同学科卒業。5年間の修練生活の後、1967年イエズス会を退会、還俗する。同年上智大学文学部哲学科卒業。1971年清泉女子大学講師、助教授、1982年教授となる。1984年常葉学園大学でスペイン語学科の草創に参加。1989年東京純心女子短期大学・東京純心女子大学(現・東京純心大学)教授。その間、東京外国語大学、駒沢大学、法政大学、早稲田大学などでも非常勤講師を務める。2002年定年を前に退職、病身の妻を伴い父祖の地・福島県原町市(現・南相馬市)に転居。以後16年にわたり「モノディアロゴス(Monodiálogos: ウナムーノの造語で「独対話」の意)」の名を冠したブログを死の4日前まで書き続けた。担当科目はスペイン思想、人間学、比較文化論、スペイン語など。2018年12月20日、宮城県立がんセンターにて死去(享年79)。
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