部活、錦の御旗

 この頃の高校生と付き合っていると、あれーちょっと変だな、と思うことがたびたびある。たとえば、英語を勉強したいというので、何とか都合をつけて時間を設定する。ところが時々、何の連絡もせずに約束の時間に来ない。理由を問いただすと、すみません急に部活が入って、連絡するのを忘れていました、と来る。
 もちろん連絡せずに約束をすっぽかすのは稀ではある。でも事前に連絡してくる場合でも、来週試験があるので、とか部活があるので、というのがやたら多い。そんな返事に、一度こう言ったことがある。勉強や試験を理由に、家事や約束事を免除される「幸福な」国は、世界広しといえども、もしかして日本ぐらいかもしれないよ。その日本だって、一昔前までは、家事を言いつけられて「母―ちゃん、俺いま勉強してるんだよー」などという理窟が罷り通る家庭など、よほどの「ブルジョア」でなければありえなかった、と。
 この元教師の言うことは俄かには理解できないらしい。勉強が「錦の御旗」「水戸黄門の印籠」として機能することの方が世界の非常識であることなど、いまやまったくの少数意見になってしまった。ではそんな特別待遇を受けながら、肝心の学力は、といえば、年々それの低下は目を被いたくなるほどであるのは周知の事実である。
 だから今や私にとって、「勉強」や「テスト」はともかく、「部活」という言葉は聞くだけでも虫唾が走るのである。今の中学や高校で、この「部活」にどれだけの指導教員と生徒たちが無駄な時間とエネルギーを浪費させられていることか。私の知るだけでも、体育系のクラブだけでなく文化系のクラブの指導教員を仰せつかったがために、休日・日曜返上を余儀なくされている教員たちがいかに多いことか。
 でも柔らかい頭で、自由な発想ができるためには、ぼんやり白い雲など眺める「余暇」が絶対に必要なのだ。今の中学や高校では、私の僻目かもしれないが、生徒や教師を暇にさせておくと碌なことがない、という不信感があるように思えてならない。
 
 よって本日から、付き合っている高校生たちにこう布告するつもりだ。約束事を守れないときの言い訳に「勉強」や「試験」や「部活」を出すことはご法度。「ちっちゃな弟妹の子守り」「家計を助けるためのバイト」「老・病人介護の手伝い」は可なり、と。

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