大いなる哉満州

 昨日に引き続き、誠一郎叔父の詩を書き写す。おそらく当時満州に渡った多くの青年たちと共通する語彙を並べた詩もどき(むしろ歌詞)であろうが、当時の叔父の胸のうちを去来する思いを考えると、よくぞ残っていたなと感謝したい。

一、大いなる哉満州は碧空緑野三千里
興安嶺※を席巻し渺茫として果もなし
嗚呼人生の朝にして真紅の血潮音高く
無我至純なる若人の天かくる可き天地なり

二、城頭弦月傾きて吸血のチミ跳梁し
曠野満目青ざめて盛京の影もなし
嗚呼億万の民生に自治の心呼び起し
東天紅を告ぐるべき久遠の任務吾に在り

三、自ら治むる精神の透徹一呵するところ
暗雲忽ち消え去りて 旭光亜地輝かん
嗚呼さかんなる吾等哉起ちて理想の旗の下
協力一致東洋に 自治の楽土をうち建てん
自治の楽土を打建てん
次のものは未完のものらしい。
一 満蒙百里果しなく
酷熱燃ゆるノモンハン※※
兵も軍馬も喘ぐとき
夏草香る将軍廟

※中国東北部の高原ないし丘陵性の山系。西側を北東方向に走る延長約千二百キロメートル(標高一一〇〇~一四〇〇メートル)の大興安嶺と、北部で南東方向に転じて黒龍江沿いに走る延長四〇〇キロメートルの小興安嶺とに分れる。
※※中国東北部の北西辺、モンゴル国との国境に近いハルハ河畔の地。一九三九年五月から九月中頃まで、日ソ両軍が国境紛争で交戦、日本軍が大敗を喫した。[広辞苑]

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