へかませっと!

 スペイン語版作品集の翻訳も無事終わり(もちろんハビエルさんの一年を少し超えるご苦労の成果で)、さてこれからはどう出版社に売り込むかという厄介な問題を前にしている。前作『原発禍を生きる』の場合は、事故直後のこともあって内容が鮮明だったからほとんど苦労することなく、何人かのご尽力で、著者である私の関知しないところでどんどん進められたという感じだったが、しかし今回はだいぶ事情が変わっていて、著者自身が売り込まなければならないという事態に直面しているわけだ。

 この出版界不況の折、有名作家でも(おそらく)出版にこぎつけるまでいろいろ苦労があるのだろうが、ましてや全く無名の、しかも外国での自作出版は至難のことだと、遅まきながら気づいている。先日、前回お世話になった或る人にワード文書で原稿を送って読んでもらった。内容自体は面白いが、現在の出版界は本屋さんのどの書棚に置かれるかが勝負どころだから、なにかganchoを考えた方がいいのでは、とのお返事。半ば予想していた返事だったが、出鼻をくじかれたことも事実。先日この欄でご披露した目次を見ていただければお分かりのように、確かに創作ありエッセイあり、おまけに最後の付録には新聞や雑誌の記事まで載せているので、自分から言ったようにまるでビックリ箱みたいな様相を呈しているのだから当然の反応。

 それで、先ずは解説を書いてくれる約束のフェルナンドさんにこの二、三日中に解説執筆のためのいくつかのガンチョを提供しよう、と重い腰を上げようとしているところ。ところでガンチョという言葉の説明を忘れていた。ふつうガンチョといえば、何か物を吊り上げたり引っ張ったりするときの手鉤を意味するが、他にもいろんな意味がある。面倒なので珍しく私自身も編集委員の一人だった小学館の『プログレッシブ スペイン語辞典』の該当箇所を引き写してみよう。

gancho  1.鉤、鉤の手、(手芸の)鈎針 2.(羊飼いの)柄の曲がった杖 3.おとり役、さくら 4.(特に女性の)性的魅力、色っぽさ

 なるほど、要するに本屋さんが販売しやすく、またなんとか読者の興味を引き付けるようなもの、というわけだ。ガンチョねー…(ダンチョねーじゃありませんぞい)

 そんなことをつらつら考えていた時、記憶の底から突然飛び出てきた言葉があった。たぶん北海道時代、幾太郎じいちゃんが悪戯坊主の私に向かって投げつけた言葉ではないだろうか。

「へかませっと!」

 分かりやすく翻訳すれば、そんな悪さをすると「屁をかませるぞ!」の意味だ。もっとキツく言い換えると、「目つぶしを食らわせるぞ!」  要するに相手の度肝を抜いて、こちらの思う壺にはめる、ということ。

 で、先ほどのガンチョ、つまり自作を売り込むためのガンチョとこの「へかませっと」とどういう関係?とおっしゃるのですか。そう、私自身は作品集に収められたものを最後まで虚心に読んでいただければ自ずと(?)その面白さ、深い意味(!)がお分かりいただけるはずと思っているが、でも手に取っていただかなければ勝負にならぬ。だから一瞬ビックリするような惹句を並べてみましょか、と言いたいわけでんな。あゝしんど、苦しい言い訳でした。

 ともかくしばらくガンチョ作りに無い知恵絞ってみっぺ。

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佐々木 孝

佐々木 孝 について

佐々木孝(ささき・たかし) 1939年北海道帯広市生まれ。2歳から引き揚げまでの5年間を旧満州で暮らす。1961年上智大学外国語学部イスパニア語学科在学中にイエズス会に入会。1962年同学科卒業。5年間の修練生活の後、1967年イエズス会を退会、還俗する。同年上智大学文学部哲学科卒業。1971年清泉女子大学講師、助教授、1982年教授となる。1984年常葉学園大学でスペイン語学科の草創に参加。1989年東京純心女子短期大学・東京純心女子大学(現・東京純心大学)教授。その間、東京外国語大学、駒沢大学、法政大学、早稲田大学などでも非常勤講師を務める。2002年定年を前に退職、病身の妻を伴い父祖の地・福島県原町市(現・南相馬市)に転居。以後16年にわたり「モノディアロゴス(Monodiálogos: ウナムーノの造語で「独対話」の意)」の名を冠したブログを死の4日前まで書き続けた。担当科目はスペイン思想、人間学、比較文化論、スペイン語など。2018年12月20日、小細胞肺がんのため宮城県立がんセンターにて死去(享年79)。洗礼名フランシスコ。
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