クレール双葉再訪

 そのうち大熊に行きたいなと思っていた。美子の母ウメさんが2002年から足かけ4年ほどお世話になったグループホームのあるところである。その間きっちり十日ごとに訪ねたのだから、通算すると百数十回通ったことになる。頴美にも一度見せたかったので、そこにあるスーパーセンターでの暮の買い物を兼ねて頴美と愛も連れて出発した。

 小高、浪江、双葉、そして次が大熊だが、平均時速60キロで約一時間かかる。実に3年ぶりの沿道の風景が懐かしい。途中左側に妻が通るたびに歓声を上げた大きな木が今も健在である。ただし冬なのですっかり葉を落とし、見るからに寒そうである。これが初夏から夏にかけて鬱蒼と葉を茂らせているさまは、妻ならずともほれぼれとするような風格のある大木である。ただし名前はまだ調べていない。

 六号線から施設へと右折する箇所を果たして覚えているだろかと心配していたが、伊達に百数十回通ったわけでない、そのタイミングを間違えることはなかった。そして双葉病院前をすこし行くと左側に同系列の老人ホーム、そして右側に懐かしのグループホーム「クレール双葉」がある。クレールなどと洒落た名称は、病院の理事長が南仏を旅したとき、ああこういう海岸沿いで陽光いっぱいの老人ホームを作ろう、と思ったことに由来するそうだ。原語はおそらく clair(陽光を受けて明るい)だろう。確かに、そこからは見えないが海がすぐ近くで、心なしか陽射しが強く、そう思えば南仏の感じがしないでもない(違うかっ!)。

 四棟ほどの平屋のホームがあり、それぞれに最大9人の老人たちが暮らしている。そのうちのC棟がウメさんのいたところだが、案内を請うと四年前とはすっかりスタッフが入れ替わっていた。主任のIさんとは今も交流があるが、彼女は今他の施設に移っており、結局ウメさんを覚えている人は一人もいないという残念な結果になった。

 管理者という若い女性介護士に途中のコンビにで買っきた心ばかりのクッキーの箱を置いて施設を後にした。玄関先で待っているとき、愛がしきりに手を振ったり頭を下げたりしているので、中を覗いてみると、中央ホールでテレビを見ていたのか可愛らしい小柄のおばあさんが愛にさかんに手を振っていた。

 さてそんなわけでいくぶん期待していたスタッフとの再会も果せなかった。しかし帰りに寄った巨大スーパーで買い物を済ませたあと、そこの陽の当たる駐車場の車の中で弁当を食べているとき、美子の眼に涙が浮かんでいるのが分かった。彼女なりに懐かしい記憶が甦ったのであろう。そうだったら今日の再訪問は無駄ではなかったわけだ。

 道路からは見えない丘の上にまるで要塞のように鎮座する「スーパーセンターPLANT‐4大熊店」は、いかにも未来都市めいた名称のとおり、たしかに品数も多く価格もかなり安いようだ。車社会でないと実現しなかったような典型的に郊外型の施設だが、これでは近在の小売店はまさに「上がったり」であろう。 いつできたのだろう。ウメさんの所に通っていたころにもあったのだろうか。そしてこうした物流の大変化はどこまで進むのか。物の流れの変化は、とうぜん社会の構造そのものに大きな変化をもたらさざるを得ない。で、だれが変化の先を読み切っているのだろうか。ウメさんの思い出もさることながら、そんな漠とした未来への不安を感じながら昨日とは違う田園風景の中を帰ってきた。(昨日と同じ終わり方だが、工夫のしようもない)

佐々木 孝 について

佐々木孝(ささき・たかし) 1939年北海道帯広市生まれ。2歳から引き揚げまでの5年間を旧満州で暮らす。1961年上智大学外国語学部イスパニア語学科在学中にイエズス会に入会。1962年同学科卒業。5年間の修練生活の後、1967年イエズス会を退会、還俗する。同年上智大学文学部哲学科卒業。1971年清泉女子大学講師、助教授、1982年教授となる。1984年常葉学園大学でスペイン語学科の草創に参加。1989年東京純心女子短期大学・東京純心女子大学(現・東京純心大学)教授。その間、東京外国語大学、駒沢大学、法政大学、早稲田大学などでも非常勤講師を務める。2002年定年を前に退職、病身の妻を伴い父祖の地・福島県原町市(現・南相馬市)に転居。以後16年にわたり「モノディアロゴス(Monodiálogos: ウナムーノの造語で「独対話」の意)」の名を冠したブログを死の4日前まで書き続けた。担当科目はスペイン思想、人間学、比較文化論、スペイン語など。2018年12月20日、宮城県立がんセンターにて死去(享年79)。
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