貞房式平和菌増殖法

 これまで「平和菌」誕生のいきさつ(「ペンは剣よりも弱し」2003/2/16)、そしてそれが謎の生物といつ合体(?)したかの説明(「ケセランパサラン」2012/2/14)はしてきたが、しかしその増殖法や効能についてはあまり書いてこなかったような気がする。とは言え、ぶっちゃけた話、この「平和菌」は、もうすぐ喜寿を迎える私のものの見方、大げさに言えば私の全哲学・世界観の結晶体とも言えそうだが、でもそう言い切ってしまえば身も蓋もないので、努めて客観的に(?)次のように説明してみよう。

 平和菌をひり出す(すみません、下品な表現で)には、とりあえずだれでもが首肯できる次の三つの要諦を機会あるごとに思い出し確認すること。

① 魂の重心を常に低く保つこと。日本はいま地に足がつかぬままの漂流状態(一億総ドリフターズ化)にある。個人は言うに及ばず、政界、マスコミ、そして悲しいことに教育界までもが浮足立っている。震災後わが家を訪れた二人のスペイン人、すなわち小説家J・J・ミリャス氏そして造形作家J・M・シシリア氏は、日本をそれぞれ「アクシデントの国」「はるか向こうの国」と診断した。つまりエッセンス(本質)を失ったアクシデント(偶有・偶然性)の国、アリスの不思議な国のように現実性が希薄な国という意味である。ここでとっておきのジョーク(おやじギャグ)を紹介すると、東北山形が生んだ不世出のコメディアン伴淳のギャグ(アジャ・パー)はスペイン語とフランス語の合成語で「向こうは(アジャ)何にもない(パー)よ!」を意味していた(ウソですよ)。

② すべての事象を「生成の状態」に戻して見つめ直すこと。つまりすべてものには始まりがあり、そして終わりがあるという冷厳な事実を確認すること。例えば近代国家はたかだかここ数世紀の過渡的なもの、このままの形で永遠に続くはずもない。もちろん領土問題なんぞいくら国際司法裁判所に訴え出ても、いつを起点にするかで全く異なる裁定が下る。なのに現政権などは(だけではないが)明治維新以来の富国強兵路線から一歩も抜け出せないまま愚かで時代遅れの国家像にしがみついている。

③ すべての事象をそれ本来の正しい遠近法に引き据えること。とりわけ常に等身大であるべき人間を絶対に数字や記号に還元しないこと。いまの教育は生徒をひたすら成績という数字に収れんさせ、行政は市民をナンバー化しようとばかりしている。そして戦争とはまさに相手国を、かつての「鬼畜米英」のようにただただ憎悪の対象に、そして人間を点(標的)にまで極小化すること以外の何物でもない。オルテガの言うパースぺクティブの究極的な錯誤である。

 以上三つの要諦を肝に銘じていると、見かけ倒しの権威や約束ごとが、ものの見事に相対化され、その正体を現してくる。なおそうした局面に遭遇したら、精神衛生のためには怒るだけでなく、ときには笑い飛ばすことも必要。アメリカのトランプも、どこかの国の宰相も以上の視点から眺めれば、醜悪とは言わないまでも滑稽極まりない道化に見えてくる。だから私など、テレビで執務室に向かう総理の姿が映ると、「気取ってっと、ほら、けっつまずくぞー」とヤジるのが癖になっている。こればかりは止められない、私にはどしても彼がカッコマンにしか見えないからだ。

 ともあれ原発事故や紛争のニュースのすぐ後に株式市況が続くのは、よく考えてみると実に奇妙で異様のことなのだ。そんな仕組みが当たり前と思っているとしたら、すでに近代という病に侵されていると自覚しなければならない。だってそうでしょ、いまや(それもここ数世紀のこと)世界は幸福や平和を希う心ではなく、別の心(投機心)で動いてるんですぞ。

 だから現代同様に大混乱の時代だったルネッサンス期ユマニストたちに倣ってこう覚悟したい。

 確かに世界は狂っている。でもそれが当たり前だとは決して思うまい、と。

佐々木 孝 について

佐々木孝(ささき・たかし) 1939年北海道帯広市生まれ。2歳から引き揚げまでの5年間を旧満州で暮らす。1961年上智大学外国語学部イスパニア語学科在学中にイエズス会に入会。1962年同学科卒業。5年間の修練生活の後、1967年イエズス会を退会、還俗する。同年上智大学文学部哲学科卒業。1971年清泉女子大学講師、助教授、1982年教授となる。1984年常葉学園大学でスペイン語学科の草創に参加。1989年東京純心女子短期大学・東京純心女子大学(現・東京純心大学)教授。その間、東京外国語大学、駒沢大学、法政大学、早稲田大学などでも非常勤講師を務める。2002年定年を前に退職、病身の妻を伴い父祖の地・福島県原町市(現・南相馬市)に転居。以後16年にわたり「モノディアロゴス(Monodiálogos: ウナムーノの造語で「独対話」の意)」の名を冠したブログを死の4日前まで書き続けた。担当科目はスペイン思想、人間学、比較文化論、スペイン語など。2018年12月20日、宮城県立がんセンターにて死去(享年79)。
カテゴリー: モノディアロゴス パーマリンク

7 Responses to 貞房式平和菌増殖法

  1. 上出勝 のコメント:

    佐々木先生

    6月19日の沖縄県民大会に参加した次の日に琉球新報に投書しました。沖縄独立の主張です。独立論は沖縄ではまだ少数派で、地元の新聞が主体的に主張することは当然ありませんし、公の場では一種のタブー視されているように感じております。それで、私の投書も載ることはないと思っていました。
    ところが、7月14日の朝刊に掲載されたと琉球新報から知らせがありました。
    参院選後すぐに東村でのヘリパット工事に着工しました。FBでは機動隊が住民の首をひもで締めている映像が流れています。
    私の投稿(たいした内容ではありませんが)を今頃になって載せたのはこの事態と関係があるかもしれません。

    「ですます」が「である」になっており、編集部の方で「沖縄は本気で独立を」と題がつけられましたが、内容はほぼ投稿と同じでした。
    字数制限があり短いものですので紹介させてください。「ですます」に戻します。

     6月19日の県民大会に参加しました。
     私は以前から、沖縄は独立するしかないと思っていましたが、ますますその思いを強くしました。日本がアメリカから自立できない以上、本気で独立を考えるしかないと思います。「醜い日本人」としての自覚から、なおのことそう思います。
     昔は、「居酒屋独立論」と揶揄されていましたが、スコットランド独立問題などを見てもわかるとおり、沖縄独立は今やリアルなテーマではないかと考えています。
     沖縄の人にそれを言うと、驚いたような顔をしますが、原理的に難しいことではありません。県民投票と国際社会の承認があればいいわけです。沖縄はもともと独立していたのですから、元に戻るだけのこと。
     もう一つ。米軍属女性暴行殺人事件の被害者が政治取引の材料にされたと、私は強く感じました。ぼろ切れのように扱われた一人の女性の尊厳と、党利党略とどちらが大事なのか。

    以上です。
    今年は社会人大学生2年目で、今は福祉施設で「実習」ということをしております。毎日9時から5時30分まで。ですので、こういう早朝に仕事をしたりメールしたりするしかありません。でも、毎日お年寄りと話ができて楽しいですよ。
    それではまた。

    • fuji-teivo のコメント:

      上出さん
       沖縄独立論、結局はそこまで行かないとダメなんでしょうね。菅官房長官でしたっけ、沖縄問題を報告するときのあの無表情で冷酷な顔を見るたびに虫唾が走ります。いまの政治家たち、とくに政権側の人間の、国政に対する定見の無さ、ただただ従来からの対米ベッタリ依存体質から一歩も抜け出せないままの無節操ぶり、考えるだけで不快になります。でもこれとてこれまで沖縄を犠牲にして自分たちの生活の利便だけを考えてきた日本人全体の問題でもありますね。
       だから沖縄が独立する以前に、知念ウシさん流に言えば、いつまでも沖縄に甘えてきた本土こそがいいかげん沖縄から自立せい、と言わなければならないのかも知れません。
       福祉施設で実習ですか。大変でしょうが、でも楽しんでください。ポケモンが出ればポケモンにうつつを抜かすアホらしい今の世の中、障碍者や弱者の中にかろうじて人間らしさが残っています。どうぞ平和菌の宿主としても頑張って、いや楽しんでください。

  2. 佐々木あずさ のコメント:

    先週からPC断ち(?)をしておりました。FBやメールのない生活を1週間ほどしておりましたが、禁断症状(笑)もなく、やっぱりアナログ人間だと実感(笑)。
    さて、上出さんの沖縄独立論の投書、拝読。沖縄に苦痛を押し付けてしまっている日本人として、丁寧に読ませていただきました。そうですよね、沖縄=琉球が本来の独立国に戻ればいいのですよね。南風原だったかと思いますが、資料館の、床に描かれた地図を思い出しました。かつて、琉球国を真ん中にして、東南アジア諸国と平和的なつながりを結んでいた時代があったことを彷彿とさせてくれる地図でした。本州なんて、その端っこに位置するだけの島でしかないのに、いつのまにかアメリカの属国になって東アジアの王様気取りです。何とかするのは、21世紀を生きる私たちの務めだと再認識しました。
    佐々木孝先生、今、先生の平和菌をばらまいてきました。今日は、美唄にお住いの70代のご夫妻に振りかけてきました。近いうちに、先生のモノディアロゴスを尋ねることでしょう。どうぞ、友達になってくださいませ。お二人は、先生の除染の歌を歌ってくれました。平和菌のメロディーを知りたいとのことでしたので、もしかすると合唱団の歌がYouTubeにアップするかもしれませんとお伝えしておきました。
    平和菌の宿主としては、まだ足元がおぼつきませんが、これからもご指導よろしくお願いいたします。

    • fuji-teivo のコメント:

      佐々木あずさ様
       PC断ち、ですか。いまの私には無理でしょう。ブログを書いていなかったら、この狂乱の世の中で、とりわけ原発事故の後で、ここまで無事に生きていなかったと思います。
       それはともかく、豊頃に住む私の従妹(長谷川史(ちか)子)の旦那の妹、つまり義妹は士幌に住んでいるそうで、もし機会があったらよろしくと伝えておきました。本当に世間は広いようで狭いですね。

      • 佐々木あずさ のコメント:

        PC断ち、なんて言ってはみたものの、たまたま1週間ほど家を空けたということです。モバイルPCは持っていったものの、WiFiを忘れたという愚かな顛末です(笑)。

        さて、士幌にご親類がいらっしゃるとのこと。近いうちに接点があればいいな~と、勝手に期待しております。

  3. 西村汎子 のコメント:

    だいぶ以前に、メールを差し上げた日本女性史専攻で、新宿女性9条の会の西村汎子です。ご著書や平和菌の豆本をたくさん送っては頂きながらお返事も差し上げず、失礼しました。私たちの例会にいらしてお話し頂くことがご無理ということはよく分かりました。
    そこで、世話人の一人が9月20日ごろに南相馬へ行く予定があるので、その頃に、お宅に伺ってお話しをお聞きしてはどうか、と世話人会で検討中です。ただ、当人が手術後なので、無理かも知れません。改めてご都合を伺います。
    もう一つお願いです。世話人会で、豆本と歌を紹介したところ、不器量な女云々の個所について、女性 蔑視だ、冗談とは言え、許せない、と言う意見が大勢を占めました。ご検討頂ければ幸いです。歌については、高音の部分がやや、歌いにくいとの意見が出ました。中高年の人が多いせいでしょう。
    勝手な事を申しました。中間報告です。
    なお、豆本の作り方を教えて下さい。

    • fuji-teivo のコメント:

      只今あなたは、あるいはあなたのお仲間は貞房の地雷を踏みました! 今の世の中、洒落も冗談も通じない、頭の固い唐変木がいるもんですね。不美人という美しい言葉を不器量と置き換え、しかもそれを自分の事だと被害妄想したわけですね。あれなんて言いましたっけ、学校モンスターでしたっけ? たしかそれより年長の方々のはずですのに。そんなたぐいの単細胞人間が今日本中にわんさかいます。そういえば「原発難民行進曲」についても軍歌だから怪しからんと言ったバカがいました。あんな悲しい軍歌など他にありませんのに。軍歌を逆手にとって、全く違う意味を持たせようとのこちらの意図などには全く理解が及ばないで、ただただ「軍歌」という言葉に異常な拒否反応を起こしただけ。
       ともかくそんなことなら以後一切のお付き合いなど、こちらの方からごめんです。どうぞお引き取り願います。以後ここにはお寄りにならないように。あなた方はあなた方の正しいと思う道を進んでいってください。
       この不愉快なコメントを抹消しようかな、と思いましたが、後学(?)のために当分このままにしておきます。さようなら!

      ※こんな腹立たしいコメントに蛇足めいたものを書くのはシャクだが、一言付け加えたい。
      「柳眉逆立つ不美人さえも これをはたけば楊貴妃に」
      この表現に女性蔑視を読み取るという奇妙奇天烈さにまず驚く。なぜ不美人だったのか、それはペアレント・モンスターのように狭い了見であらゆることに不満やるかたない精神的な不美人だったからで、そんな彼女も、平和菌をはたけば彼女本来の美しさを取り戻す、と言ってるんですぜ。平和菌で整形手術をするのと違いまんねん。日ごろから日本が、そして世界が平和になるには女性の力が必要と言ってきたこの稀代のフェミニスト貞房に、またとんでもないイチャモンをつけましたなあ。
       といって、よその国(?)のことだから知ったこっちゃないけど、都知事選に立った代議士も、また他の女性議員もなんとも不美人ぞろいでんなあ、平和菌でもはたいてもらわんとあきまへん。

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です

このサイトはスパムを低減するために Akismet を使っています。コメントデータの処理方法の詳細はこちらをご覧ください