一周忌が過ぎて

 

清泉でも常葉でも純心でも
そして教壇を退いてからも
父ほど崇高な魂を持って、人間らしく、純粋に果敢に生きた教師は誰もいない

誰も

後にも先にも

教師としての仕事だけでなく
その生き方、暮らしにおいて、孤高の求道者だった


陰で嘲笑されたが、そんなことで父の尊厳は揺らがない


世間は物事の最も大切な本質は見ないからだ

父は、自らの地上の責務を全うした
神の祝福を受けるべき真の教師としての人生だった

真の信仰者でありキリストの愛の実践者とは父のことだ

 

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