フランシスコ教皇と東日本大震災被災者との集い

北海道新聞コラムより。北海道の佐々木あずささんから送っていただいた

阿部修義さんからお寄せいただいたメッセージをご紹介します

メッセージありがとうございます。岩本さんの記事拝読しましたが、要所を的確に把握され、先生のお考えも伝わっていますね。愛さんの教皇とお会いされた印象も教皇の手が大きくてあたたかかったでわかります。先生も喜ばれているはずです。今回の焼き場に立つ少年のキャプッションのことで先生のお名前は公にはなりませんでしたが、私は公にならなかったところに先生の偉大さを感じます。そして、そのことは永遠の領域に先生が入られたことのように感じます。淳さんも岩波のヒルティの幸福論をお持ちなので、その中のエピクテトスの十五に「忘れてはならないことは、きみの人生において、」から始まる文章がありますが、たとえて言えば、先生は「平然と見送った」。そういうことだと私は思っています。

Please follow and like us:
カテゴリー: モノディアロゴス パーマリンク

12 Responses to フランシスコ教皇と東日本大震災被災者との集い

  1. 守口 のコメント:

    淳 さん
    フランシスコ教皇と相対しているのは、これは愛さんなのですか?
    驚きました。是非とも、その経緯をお知らせください。
    守口

    • 富士貞房Jr. 富士貞房Jr. のコメント:

      守口さま
      ご無沙汰をしております。そうです、うちの娘です。実は、こちらの教会に赴任されている東京大司教区の幸田和生司教が、この度のフランシスコ教皇来日の目的の一つでもある3.11の被災者との集いで、原町教会の代表として娘が壇上に上がることを推薦して下さり、信徒の皆さんのお許しも得て実現したショットなのです。壇上に上がった13名の被災者の中で最年少となりました(震災時、3歳足らず)。先月の台風と豪雨の後、母の容体が悪化して、一時、上京を諦めることも考えましたが、奇跡的に持ち直し、教皇にまみえることができました。父の遺志、熱心なカトリック信者だった病床の母、病を克服して頑張る穎美の思いを背に、私と娘の二人で上京しました。

  2. 守口 のコメント:

    淳 様
    驚きました。愛ちゃんが上京して、教皇の東日本大震災被災者との集いに参加したのですね。原町教会から選ばれたのですね。動画も恭子と二人でしっかり見ました。
    教皇の愛情あふれる微笑に接して、愛ちゃんの心はどんなに踊ったことでしょう。これからを担ってゆく若者の一人になる愛ちゃんにとって、どれほどの宝物になるのか、本当に素晴らしい機会が与えられましたね。孝おじいさんが天上でにこにこ喜んでおられるのが目に見えるようです。孝兄い、よかったですね!と叫びたいです。
    守口

    • 富士貞房Jr. 富士貞房Jr. のコメント:

      守口さまご夫妻、ご報告が遅れ、大変失礼いたしました。
      ご祝福くださり、心より感謝申し上げます。
      守口さまのおっしゃる通りに思います。一周忌を前にした死者の月に、救いが訪れたように受け止めています。公式映像に見入り、教皇が入場し、演奏と歌で迎えられる場面で、それを感じ、感無量になります。

  3. m.f. のコメント:

    今回の教皇様の来日で新聞などで何度もあの少年の写真がクローズアップされ、私は佐々木先生のことを思い出しておりました。
    一度もお会いしたことはないのですが、時々お訪ねしていたこのブログで昨年偶然あの写真が教皇様の元に届いた経緯を知り、私はアタマのなかでぐるぐる考えるだけでなく実際に行動することの大切さを教えていただいたような気がしました。
    そのことへの感謝と、またウナムーノの本をお願いしたいこともあって、初めてメールを差し上げましたら、とてもあたたかいお返事をくださいました。佐々木神父様のもとで侍者をしていらっしゃる愛さんのお写真、奥様を囲んでのお写真もくださいました。嬉しかったです。お願いしたウナムーノの本以外に、おまけとおっしゃって他のウナームノ関連の本と豆本をいくつか入れて送ってくださいました。

    その夏、私は初めて福島へ行き、カリタス南相馬に泊めていただき、スタッフの方に案内していただき実際に自分の目で見てお話を聴き衝撃を受けました。まずは家族、職場の人、教会の仲間と、自分のみたことを分かち合うことだと思いました。今思えばもう一つ勇気を出して、先生をお訪ねすればよかったと残念に思います。
    その秋には、ウナムーノ展が開催され、今年はウナムーノを主人公にした映画が公開されました。先生だったら、どんな感想をお持ちになるかなと考えながら観ました。感謝とともに佐々木先生を思い出します。
    教皇さまと愛さん、とてもすてきなお写真ですね。ありがとうございます。

    • 富士貞房Jr. 富士貞房Jr. のコメント:

      m.f. さま

      初めまして。佐々木孝の息子の淳です。
      お言葉に大変感銘を受けております。父が聞いたらどんなに喜ぶかと思います。有難うございます。
      拙宅の目と鼻の先のカリタスにもお越しになられたとは、感無量です。25日は幸田司教はもちろん、シスター畠中をはじめとするカリタスの皆さん、信徒、地元住民の方々の姿が半蔵門の会場、そして教皇ミサの行われた東京ドームにありました。
      戸嶋靖昌記念館でのウナムーノ展もご存じでいらしたのですね。今回、そちらの執行草舟館長にもご挨拶に伺いました。ウナムーノを主人公にした映画のことは初めて知りました。早速、ネットで関連情報を見つけました。

      父は残した言葉の中で今も生き続けています。
      どうぞ今後ともよろしくお願い申し上げます。

      https://acueducto.jp/blog/otros/mientras-dure-la-guerra/

  4. 中野恵子 のコメント:

    中野恵子でございます。ご無沙汰しておりました。
    教皇様と対面なさっている(少女)の写真を拝見したとき、
    愛ちゃんだと確信いたしました。あまりにも佐々木先生によく似ていらっしゃいました。
    以降、淳様の投稿を拝読させて頂き、ただただ嬉しく感涙を抑えることが出来ませんでした。神様は何と言う粋なお計らいをなさったのでしょう。あの〔写真〕の結末がこういう形で結実するとは…。佐々木先生はすばらしい種まきをなさったのですね。
    すべてのことに時があると言う言葉を噛み締めております。
    1周忌を前に改めて先生のご冥福をお祈り申し上げます。

    • 富士貞房Jr. 富士貞房Jr. のコメント:

      中野恵子様

      ご無沙汰をしております。心温まるお言葉をいただき、改めて今回の出来事に対する感銘を深くしております。まさに中野様のおっしゃる通りで、それに尽きると思います。このような形で父の行為が実を結ぶことになろうとは、本当に感無量で、ひたすら天を仰ぐばかりです。幸田司教様をはじめとする周囲で支えて下さった方々の善意に感謝したいと思います。娘に父の面影を感じ取っていただき、とても嬉しく思います。
      天の計らいだったのだと、あとから認識を新たにしています。エマオへの道の場面のように。また、父の死後にもたらされた様々な恵みに、今ほど一粒の麦の聖句を思わない時はありません。

      今後ともどうかよろしくお願い申し上げます。

  5. 富士貞房Jr. 佐々木淳 のコメント:

    大学の職を辞し、洗練と言う名の気取り、体裁とはかけ離れた素朴でつつましい生活を小さな町で実践し、陰で嘲笑に晒されようとも、自身を貫き、ささやかな行為の中で平和の種を蒔き続けた父の特に後半生はあまりにも尊く、息子としてひたすら誇りに思っています。「焼き場に立つ少年」写真ともテーマが重なる父のスペイン語版の著作集の手作り私家本(死の2か月前に制作) Canción del germen de la paz を、今回、教皇との対面の日にスペイン大使館に招かれ、ホルヘ駐日大使に謹呈しましたが、残るもう一冊が教皇の手に渡る日は早晩訪れるでしょう。

    • 佐々木あずさ のコメント:

      手作り私家本は、呑空庵主が一枚一枚、大切に手折りしているのですから、そこには庵主の祈りがしみこんでいるのですね。それが、息子さん、お孫さんの存在をとおして、しっかり手渡されていく。なんと素晴らしいことでしょう!
      愛さんの瞳に、庵主のお顔が見えるようです。すてきな一枚に感謝です。

      • 富士貞房Jr. 富士貞房Jr. のコメント:

        あずささん、有難うございます。最晩年の父は、母を介護し、豆本をはじめとする私家本を作り、心ある人々に届けることにすべてを捧げ、一日一日を慈しむように過ごしていました。まさにカルペ・ディエムの日々でした。一枚一枚、大切に手折りして作り上げた私家本に父はどれほどの祈りを込めていたか、あずささんはよくおわかりでしょう。特に平和菌と名付け、手のひらに収まる素朴な豆本で平和への連帯が広まっていくことを、到達した人生の最終目的、長年の思索の集大成にし、豆本づくりとその発送に父が心血を注いで取り組んでいたことは、息子としてしっかりと言明しなければなりません。来春、一つの節目が訪れます。それを機に、父の紡いだ言葉とその精神を、心ある人々のために残すべく、もろもろ整理に取り掛かりたいと思っています。父の言行の真意を深いところで、つまり魂で理解する人は結局ほんのわずかであったこと、陰で父を冷笑唾棄する者が少なからずいたことは、私はよく知っています。しかし私からすれば、このことは、かえって犯すことのできないの父の尊厳と高邁な精神を際立たせる誉れでしかありません。父の死後、その苦闘の人生が報われたかのように、父の精神の伴走者であった方、そして継承者の方が私たち家族の前に名乗りを上げて下さったことは、残された私たちが父のいない荒野を敢然と歩むことを後押ししてくれます。父は言葉の中ですでに復活しているのです。ともかく、あずささん、今後ともよろしくお願い申し上げます。

  6. 秋山ユイコ のコメント:

    佐々木淳様

    早一年が過ぎましたが、以来モノディアロゴスを訪れる度に
    淳さまの言葉に感動を覚えたり慰められたりしています。

    又一年前には、先生のお写真を私の望みにお応えして頂き
    お送りして下さいましたこと、慰さめのお言葉をかけて
    くださいましたことを本当に感謝しています。

    モノディアロゴスでの皆様のコメントを拝読させて頂き
    又愛さんの教皇様とのお写真を拝見して、この出会いまでの道のり、物語を思うと本当に生きるという事の奥深さを思い知らされます。

    横道にそれてばかりの私ですが、モノディアロゴスを訪れる事を
    よすがにもう少しこちら側で頑張りますと先生にご報告申し上げて
    先生の一周忌に先生の事を考えています。 秋山ユイコ

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です

このサイトはスパムを低減するために Akismet を使っています。コメントデータの処理方法の詳細はこちらをご覧ください