松本昌次さん


父が高く評価していた編集者の松本昌次氏からの献呈本を見つけ出した。
本を開き、その丁寧な献辞の文字に感銘を受けた。
父が松本氏を知ったのは、おそらく氏の未來社時代だったのだろうと思う。

松本さんは、惜しくも今年の1月15日に91歳で亡くなられた。父が他界してからひと月足らずのことだった。

【追記】いや、松本さんは埴谷雄高さんの作品を数多く手がけた人だから、かなり古くから父は意識していたはずである。

献呈本の表紙
没後に刊行された『いま、言わねば』(一葉社)。必読である
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1 Response to 松本昌次さん

  1. 富士貞房Jr. 富士貞房Jr. のコメント:

    『いま、言わねば』(一葉社)の「あとがきに代えて」より。

    特に「戦後」は、松本さんと切り離すことはできない。松本さんのこだわる「戦後」には三つの意味がある。一つは、「戦後の継続」。つまりは二度と戦争を《しない》(「起こさない」はもちろん)ということ。いかなる理由や状況下であろうとも、いったん戦争をすれば、その時から「戦後」は終わってしまう。戦争は絶対悪である。二つ目は、「戦後精神」。天皇(制)の呪縛と国家の抑圧からの解放による、個の確立をはじめとした、人権、平等、自由、民主主義などを優先し尊重する精神のあり方である。松本さんは、編集者として戦後文学や戦後思想家と伴走しながら、その精神をまるごと体現化したと言ってもいい。そして三つ目が「戦後責任」。この国に属する限り決して免れない、誰もが対峙し続けなければならない基本的な責務。にもかかわらず、マスメディアをはじめとした大勢はこの責務に鈍感で、いまだに直視しようともしない。それどころか、昨今は「取り返しのつかないことを」一切なかったことにしてしまおうという「人でなし(モラルハザード)」状態である。松本さんは、この破廉恥さ加減には、心底怒っていた。

    ※父の没後10ヵ月を過ぎたが、あの素朴な生活の中で、父は父なりにすべてお見通しで生きていたのだとの感を新たにしている。誰も、何物も、父の生を損なうことはできない。

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