【再掲】緊急のお知らせ(2017年11月2日投稿)

再掲した理由は、これにお寄せいただいたコメントに、父の理解(あるいは無理解?)の鍵となるものがほのめかされているからである。ずばり、最初のコメント投稿者の方の一部の言辞と、それに対する父の反応である(それ以降にいただいた別のお二方のコメントが素晴らしいのは言うまでもないので、一緒に転載した。もとより、投稿の内容に即したコメントをお寄せ下さったのは、このお二人だけである)。父の震災以降の言論に「必死に日々を生きているフクシマ被害者には、おそらく、何の意味もない」などという受け止めをする人々が一定数いることを、私は肌身に感じ知っている。そう思って敬遠されるのはひたすら悲しく残念だが、一文化人として (一般には無名だが) それなりの地歩を築き、故郷に隠居した元教師が、陋屋で一人、妻を介護する生活から言葉にして捉えた日本社会の在り様、なかんずく原発禍の様は、普遍性を備えつつ独自の価値を持つものとして、もっと尊重、評価されるべきであるというのが、身内という立場を差し引いた上で、なおも控えめな私の本音である。ともかく父は自らの置かれた環境をしっかり認識し受け止め、そこから全身全霊の発信(魂の重心を低くして)をしたということに、きちんと目が向けられるべきである。また、父が原発禍で故郷を追われた人々の思いにどれほど心を痛め、ものを書いていたか。その日々の生活の営みを知らない人には、父の真意はなかなか理解しえないだろう。「必死に日々を生きているフクシマ被害者」の一人は、ほかならぬ父であった。

ともあれ、臆することのない自由で果敢、そして孤高の魂(その根底にあったのはただ愛だった)は、ムラ社会から遺棄されようと、永遠の相の下においてはいささかも揺らぐことはないのだ。私は父の生涯の真価というものをそう捉えている。

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■■■■ のコメント:
2017 年 11 月 2 日 18:00

 世の中、だれもかれもが、やれブログだツイッターだのと、何でもかんでも、内容も質も関係なく発信しているけれど、くだらないこと夥しい。かくいう私も一時ブログを立ち上げたことがあるが、書くのは自己肯定ばかりになってしまい、嫌になってやめてしまった。
 最近になって、ものを書く、何かを論じる、記録する、または読むという作業はインテリのもので、庶民(よい表現が思いつかないのでこうする)にとっては何の意味もないことなのだ、とつくづく思うようになった。権力を持つ者は、このことを本能的に理解しているように思える。だから、彼らは“威張って”高を括っていられるのだ。こう考えるに至った背景を脈絡なく記せば:
 高橋源一郎は論考「威張るな」において、“もの書く人”と“もの書かざる人”とは永遠に理解し合えない、といった。それでも彼は「威張らずに」書きつづけるという。私にはそんな気力はないし、第一“書かねばならない”ものがない。
 藤本英夫「知里真志保の生涯」からは、文字を持たなかった(従って、書かなかった)アイヌ民族の文化を、日本語およびローマ字で表現せざるを得なかった知里さんの怒りと焦燥が痛いほどに浮び上がってくる。
 佐々木孝「原発渦を生きる」は彼にとって必然の作品であったが、これに共感するのは私を含めた暇なインテリだけで、必死に日々を生きているフクシマ被害者には、おそらく、何の意味もないことだろう。
 戦争を語る、あるいは書いたのは、やはり、インテリ(もの書く人)であった。“もの書かざる人”が経験したり考えたことは、ほとんど表面には出てこない。歴史はいつも“もの書く人”の歴史なのだ。
 おそらく、こういう考え方をニヒリズムというのだろう。

返信
佐々木 孝fuji-teivo のコメント:
2017 年 11 月 2 日 22:26

■■さん、あなたのコメントが蘇りましたね。
そんな初めてのあなたと論争するつもりはありませんが、あなたが書いた次の言葉、「佐々木孝『原発渦を生きる』は彼にとって必然の作品であったが、これに共感するのは私を含めた暇なインテリだけで、必死に日々を生きているフクシマ被害者には、おそらく、何の意味もないことだろう。」は、原著者を前にして(あゝそうか、あなたにはその意識はないわけだ)独り言にしても失礼ですね。ご自分を「暇なインテリ」と謙遜(ではないか)するのは勝手ですが、私を含めてフクシマ被害地で必死に毎日を生きている人たちにはなおのこと失礼でしょう。
 別のコメントでも書きましたが、ここはあくまで「談話室」です。相手かまわず自分の意見を陳述するだけでしたら、どうぞ別のところでお願いします。

佐々木 孝fuji-teivo のコメント:
2017 年 11 月 2 日 19:25

上出 勝さんからのコメント、佐々木が代わりに原文通りに投稿します。皆さんぜひ読んでください。

佐々木先生

「理由(わけ)あり」にコメントしようとしたらつながりませんでしたが、「原因(わけ)」がわかりました。
本当にヒマな御仁がいるものですね。
復旧が大変そうなので、こちらのメールでコメントさせていただきます。先生と奥様のこと、私はわかります。私の場合は母親との関係ですが。
私の母親は昨年11月に86歳で亡くなりました(父親は3月に91歳で亡くなりました)。母親は認知症で最後は私のことも誰かわからなくなりました。
それでも、時折ふと笑ったりするなどの反応もありました。
「誰かはわからないが、自分にとって大切な人だ」ということはわかっていたのではないかと思います。
ちょくちょく実家に帰って、母親と一緒に散歩に行ったり買い物に行きました。少しずつボケが進んでいくのがわかりましたが、私は年相応の自然現象だと思っていました。若年の認知症はともかく、80歳を過ぎていますので、「病気」だとは考えませんでした。木が老いて次第に枯れていくのと同じだと思っていました。「悲しい」という感情は一度もありませんでした。
よく散歩で近所の神社に行きました。私の子供のときの遊び場です。ブランコがあり、一度母親を乗せて後ろから押したことがあるのですが、自分が子供の頃は逆に母親に押してもらったことがあったはずです。
母親の晩年、私はこのように母親と過ごしたのですが、最後にようやく親子関係が完成したかなあと思います。いや、むしろ初めて本当に親子関係を結んだと言っていいかも知れません。
「何もわからない」母親とのこの散歩の時間こそが濃密でかけがえのないものだったと思います。
以下で、ミルトン・メイヤロフという人の『ケアの本質-生きることの意味』という書籍から抜粋して引用します。
2年間の社会福祉の勉強の中でこの人の存在を知り、関心を持ちこの本を購入した次第です。
ケアについて哲学的な考察をした人は多分他にはいないのではないかと思います。
ケアについて考える上で、共感されるところが多いのではないかと思います。
この人は1925年生まれ(私の父親と同じです)のアメリカ人です。
以下アトランダムに抜粋します(翻訳した方はプロではないのであまりよくないと思いますが)。
1人の人間の生涯の中で考えた場合、ケアすることは、ケアすることを中心として彼の他の諸価値と諸活動を位置づける働きをしている。彼のケアがあらゆるものと関連するがゆえに、その位置づけが総合的な意味を持つとき、彼の生涯には基本的な安定性が生まれる。すなわち、彼は場所を得ないでいたり、自分の場所を絶え間なく求めてたださすらっているのではなく、世界の中にあって、”自分の落ち着き場所にいる”のである。
他の人々をケアすることをとおして、他の人々に役立つことによって、その人は自身の生の真の意味を生きているのである。この世界の中で私たちが心を安んじていられるという意味において、この人は心を安んじているのである。それは支配したり、説明したり、評価しているからではなく、ケアし、かつケアされているからである。
他者が成長していくために私を必要とするだけでなく、私も自分自身であるためには、ケアの対象を必要としているのである。
私が自分自身であるためにはケアされる他者が必要であるからといっても、私が他者を基本的に手段、単に私自身の欲求を満足させるための手段と身に感じているわけではない。私は、自分自身を実現するために相手の成長をたすけようと試みるのではなく、相手の成長をたすけること、そのことによってこそ私は自分自身を実現するのである。私が相手を必要とするということは、私が相手の全人格的統一性を尊重し、さらにそれを深めていくということと結びついている。これは、私が相手を自分の所有とすることを欲し、それゆえに相手を、その存在がもつ権利において生きている者として深く身に感じることができなくなってしまう、そのような寄生関係とは全く異なるものである。
ケアにたずさわると、その周辺の活動および価値がおのずと序列化されてくる。ケアが第一義的なものとなり、他の活動や価値は第二義的なものとなる。ケアすることがこれまでできなかった人、あるいは何ものをもケアすべき対象として持っていない人にとって、ひとたび他者をケアすることとなったとき、以前重要であると感じていた多くの事柄が、その重要性に変化を生じ、ケアに関係した事柄が新しい重要性を帯びてくる。
私たちは全面的・包括的なケアによって、私たちの生を秩序だてることを通じて、この世界で”場の中にいる”のである。
私と補充関係にある対象を見い出し、その成長をたすけていくことをとおして、私は自己の生の意味を発見していく。そして補充関係にある対象をケアすることにおいて、”場の中にいる”ことにおいて、私は私の生の意味を十全に生きるのである。
私が自己の生の意味を生きているとき、生きることの過程がそれ自体で十分なものと身にしみて感じられる。
人生というものは、生きていくこと自体ですでに十分なものと感じられ、私が望むことは、ただそういう人生をおくる機会を得たいということなのである。
人は自分の場を発見することによって自分自身を発見する。その人のケアを必要とし、また、その人がケアする必要があるような補充関係にある対象を発見することによって、その人は自分の場というものを発見する。ケアすること、ケアされることを通じて、人は自分が存在全体(自然)の一部であると感じるのである。
ケアにおいては、私たちは相手の人を、自分とは別個の対象と感じとらえているのであるが、同時に、私たちと一体をなしているともとらえている。この関係は”差異の中の同一性”ということができる。私たちは相手と一体である(同一性)と感じると同時に、相手のもつかけがえのない独自性、また自分自身のもつ独自性(差異)を、よりしっかり意識するのである。
前述したように、ケアするものとケアされるものとの基本的関係というのは、差異の中の同一性の関係である。つまり、これは、お互いの独自性と統一性が、それぞれ尊重されるような合一といえる。私たちの独自性が失われてしまえば、ケアすることも不可能になってしまう。他者へのケアをすることにより、また他者を他者たらしめるべくたすけることにより、私たちは存在しているのだといえる。重ねて言えば、相手の自己実現をたすけることが、とりもなおさず、私たちの自己実現にもなるのである。
デカルトの言葉を借りれば、「私は他者のケアをしている。ゆえに私は真に存在している」となるのである。私たちは、自己実現をはかるために他者の自己実現をたすけようとするのではなく、他者の自己実現をたすけることが、とりもなおざず私たちの自己実現につながるのである。
ケアにおいて第一義的に重要なのは、結果よりも過程のほうである。その理由は、人が相手をケアできるのは、現在においてのみだからである。
ながながと引用して申し訳ありませんが、現に介護されている方に届けばいいかなと思いまして。
確かに、母親とのんびり散歩しているとき、「我ケアする。故に我あり」的なことを考えたことがありますね。
それではまた。失礼致します。

上出

阿部修義 のコメント:
2017 年 11 月 3 日 00:12

「理由(わけ)あり」にもう一度コメントさせていただきます。
 介護という一般的なイメージは一年365日朝から晩まで、場合によっては夜中までも二六時中煩わしい、ある意味面倒くさい単純極まりない行為を、先生は生きがいとされているんだと文章から私は感じます。介護をするのではなく、介護をさせていただくという美子奥様に対する温かな、しかも敬意の情が滲み出てくる臨場感を文章の余韻として私には伝わってきます。介護には終わりが見えません。介護をする側の人間性が包み隠さずすべて出てしまうものだと私は思います。今朝ゴミ出しで外に出ましたら先日の台風の影響もあって路面に枯れ葉が舞い落ちていて、一段と寒さを肌身に感じる季節になりました。先生、美子奥様もお体には気をつけてください。

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