しばしのお暇頂きます

今日は息子の運転する車で、名取市にある宮城県立がんセンターに行き、朝の九時から夕方の五時半まで一日中いろんな検査を受けました。皮膚炎に気を取られているうちに、どうも肺にガンの腫瘍ができていたらしい。場所も分かりにくいところ。つまり手術もできないし、かなり進んでいて、悔しいけど第四ステージ。

でも負けません、美子のためにも頑張ります。来週月曜から順調にいけば来一月中旬まで入院して、さらに詳しい検査・加療を受けます。息子が甲斐甲斐しく全て面倒見てくれてます。美子も頴美や訪看さんやヘルパーさんたちが万全の備えで世話してくれますので、その点は安心です。

帰りがけ、がんセンターのロビーで宮城工専の生徒さんたち五人ほどが演奏してました。不思議な感覚。つまり観客も含めて「命」と真剣に向き会う人たちの集まり。一種、宗教的な雰囲気。普段の生活がいかに本質を忘れて浮足立ったものか、それが理屈じゃなく肌に伝わってきました。帰りの高速で後部座席から見える夜景も、長い間忘れていた夜の神秘に満ち満ちていて、思わず涙が出そうになりました。

でも気が弱くなったわけではありません。戦い抜く覚悟です。そんなわけでしばらくブログをお休みすると思いますが、みなさんからの「気」をお願いします。

メールからも本人はしばらく離れますが、今晩から息子が「富士貞房Jr.」を名乗ってくれることになりましたので、必要なことは適宜Jr.がお返事すると思います。その節はどうぞよろしく。

皆さんのご健康を心から願いつつ、私自身も「気」を入れて頑張ります。おやすみなさい。

※追記 留守中、時おりは訪ねて下さり、これまでご覧にならなかったブログや、「富士貞房と猫たちの部屋」の記事や写真などご覧いただければ幸いです。

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佐々木 孝

佐々木 孝 について

佐々木孝(ささき・たかし) 1939年北海道帯広市生まれ。2歳から引き揚げまでの5年間を旧満州で暮らす。1961年上智大学外国語学部イスパニア語学科在学中にイエズス会に入会。1962年同学科卒業。5年間の修練生活の後、1967年イエズス会を退会、還俗する。同年上智大学文学部哲学科卒業。1971年清泉女子大学講師、助教授、1982年教授となる。1984年常葉学園大学でスペイン語学科の草創に参加。1989年東京純心女子短期大学・東京純心女子大学(現・東京純心大学)教授。その間、東京外国語大学、駒沢大学、法政大学、早稲田大学などでも非常勤講師を務める。2002年定年を前に退職、病身の妻を伴い父祖の地・福島県原町市(現・南相馬市)に転居。以後16年にわたり「モノディアロゴス(Monodiálogos: ウナムーノの造語で「独対話」の意)」の名を冠したブログを死の4日前まで書き続けた。担当科目はスペイン思想、人間学、比較文化論、スペイン語など。2018年12月20日、小細胞肺がんのため宮城県立がんセンターにて死去(享年79)。洗礼名フランシスコ。
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3 Responses to しばしのお暇頂きます

  1. 守口 のコメント:

    佐々木兄い殿
    突然の肺癌のお知らせに魂消ています。
    適当な比喩が考えつきませんが、昨日の「沖縄辺野古への無理やりな土砂投入」。考えたくない点では、私にとっては全く同じです。
    今日のブログから、兄いの「気」の勁さ・確かさがびんびん伝わってきました。淳さんご夫婦・愛ちゃんの強固なスクラム。美子さんへの介護体制。素晴らしいです。
    私は、天の配剤を信じて待ちます。
    是非とも、頑張ってください。

  2. 匿名 のコメント:

     守口さんが言われる「勁さ」は先生の代名詞であり、「勁」の言葉の根底には愛があると私は感じます。ご家族のみなさんのご心情を考えると、適切な言葉が思い浮かびませんが、先生のご快復を待ち続けたい、ただただ祈るばかりです。

  3. 佐々木あずさ のコメント:

    呑空庵主佐々木孝先生
    長い人生の、しばしの休養が必要だと神様が教えてくださったのでしょう。そんな気がいたします。家族の再びの結びつき。これも先生と美子奥様が、これまで築いてきた証なのだと思います。どうぞ、どうぞ、この世の中のことは心配せず、ゆっくり、ゆったりとご自愛ください。
    しばらくはJrをとおして、私も先生の魂と向き合いますね。モノディアロゴス。その意味が染み渡ります。

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