ベルの死


 以下は今日とどいた清泉時代の教え子・佐賀(旧姓赤澤)典子さんのメールですが、彼女の許しを得ましたので、ぜひ皆さんにも読んでいただきたく、そっくりそのままご紹介します。先ずは私から彼女へのメール。

「嬉しい、でもベルの訃報は悲しい、メールありがとう。
 ベル君、典子さんのこと守ってくれてありがとう! ゆっくり休んでください。君のことは決して忘れません。

 実は一昨日、幼きイエス会のシスター松本公子さんが訪ねてきた時、以前彼女に送った典子さんのスペイン留学の時の映画のDVDのことが話題になりました。あの時はコーラル君でしたね。ともかくシスターはあの映画を観て、障害者に対する温かい、そして大らかなスペインのこと感激したそうです。
 一昨日の写真と美子の写真(氷河時代を生き抜いた大雪山のナキウサギのぬいぐるみが守ってくれてます)送ります。典子さんがどういう風に写真を見るのか、まだ私に謎ですが。
 ところでシスターの妹さんも清泉の卒業生で、典子さんの少し上かな、松本恵子(えいこ)さんで、お二人で来たこともあります。愛は将来清泉でスペイン語を勉強し、その妹さんが住んでいる柿の木坂のお家にお世話になる約束までしてます。
 ところで典子さん、たってのお願い、典子さんのことを知っている人にベルの死のことを知ってもらいたいので、今日のメールそっくりそのまま私のブログで紹介させてください。お願いです。典子さんの素晴らしい文章もぜひ読んもらいたいし。
 ついでに言いますと、最近盛岡にあるNPO法人「岩手未来機構」と懇意になり、そこの事務局に私の私家本の無料貸し出しコーナーができました。事務局長の島口修子さん、とてもいい人なのでぜひお友達になってください。
 それでは、昔の先生のお願い快く聞いてくださってありがとう!」

以下が、佐賀典子さんのメール。

「暑い日が続いていますが、先生、奥様ともお変りございませんか?
昨日、郡山に住んでいる友人が、先生がラジオでお話しておられるのをたまたま聞いたと教えてくれました。
 最初は、台所仕事をしながら「もしかして、いつもノンちゃんが話している先生かなあ?」と思いながら何げなく聞いていたそうですが、途中から、「これはノンちゃんの話だと思って、集中して聞いた」とのこと、嬉しかったとメールに書いていました。
 いつまでも私のことを覚えていてくださってありがとうございます。

 私の方では、22日の夕方、ベルが亡くなってしまいました。
今月の初めには、バスに乗って、フィラリアの薬をもらいながら、つめ切りや耳掃除をしてもらいに動物病院に行って来て、その時も、何も言われなかったし、一週間前までは、家で普通に元気にしていたように思っていたのですが、16日の夜、夕食を食べた後、寝る前に、戻してしまい、その後、次の日から、好物をあげても、あまり食べず、食べても戻すようになりました。火・水と、何度も戻したり、そのうち下痢もするようになり、木曜日の朝、その日は、私は仕事に行かなければならなかったので、病院に連れて行き、治療をしながら一日預かってもらうことにしました。帰りに寄って、連れて帰るつもりだったのですが、血液検査をしたら、ほとんど全ての内臓が非常に悪い状態になっているので、このまま入院させたほうがよいと言われました。
 点滴をしてもらえばよくなるんじゃないかと思っていたのですが、日に日に悪くなって行く一方で、次の日からは 酸素ルームに入るようになり、私が行っても、何も反応しなくなりました。
 そして、日曜日の午前中に行った時も、呼吸はしていたけれど、反応はなく、あと一両日でしょうと言われたのですが、その日の夕方に、逝ってしまいました。
 最後までとても良い子で、家族にとって一番都合の良いタイミングで、逝ってくれ、みんなで、ちゃんと見送ることができました。
 悲しいできごとの中で、思いがけず、よかったことが一つありました。火葬は、盲導犬使用者の会に毎年寄付をくださっていた動物霊園にお願いしたのですが、お骨上げの時、触れるくらいに冷ましてから呼びに来てくれたので、思う存分に触ることができ、一応割り箸を渡されたので、それを右手に持ってはいましたが、飾りのようなもので左手でつまんで、骨箱に入れることができました。
 ここ数年の間に、義父母や祖母、今年の初めには、父の火葬に立ち合ったし、猫の火葬もしました。いずれの場合も、近寄っただけで、顔が熱くなるくらいの温度で出て来て、触るなんてことは、とてもできなかったし、また冷まして触れるなどという発想もありませんでした。これまでですと、お骨上げをする前に、これがどこの骨だとか、色々説明してくれて、みんなそれを聞きながら 眺めて、ふんふんと納得しているのですが、私は、ただ、説明を聞くだけで、実感はなく、でも、それがあたりまえというか、仕方のないことなんだとしか思っていませんでした。
 今回も、娘と一緒に、箸で拾って骨箱に入れるんだとばかり思っていたのですが、触ることができ、説明も実感をともなって、とてもわかりやすかったし、いかにも自分でお骨上げをしたという実感がもてました。そのことが、あとになればなるほど、しみじみとありがたく思われました。
 そこでは、私のために特別にそうしてくれたわけではなく、小さいお子さんも来るし、見える人でも、つまんで入れたいという人がいるので、以前からそうしているのだということでした。

 私は、もう新しい命を預かっても、その子に責任を持てる自信がなく、これからは ますます自分のことで精一杯になると思いますので、盲導犬との生活は、これで終りにすることにしました。
 ベルが、12歳の時に、いつでもヘルパーさんをお願いできるように 手続きをし、徐々にベルの仕事を減らして来たのですが、ほとんどヘルパーさんにはお願いしなくても、今までどおり、通っていたような所には、白杖だけで行けて、思っていたより上手に歩けるようになりましたよ。
 でもベルが死んだあと、最初は、いつも通っていた職場や、フルートのレッスンに行く道にはこんなに障害物があったのかと驚いたり、この歩道はこんなに狭かったんだとびっくりしたりしました。ベルは、そういう狭い道も、障害物だらけの所も、何にもぶつかったり踏みはずしたりさせないで、まるで、何もないみたいに、すいすいと誘導してくれていたんだなあと、アイメイトのすばらしさに改めて感動しました。

 今年の夏は、ことのほか暑いですね。
こちらはよそに比べれば、まだまだ楽なほうだと思いますが。暑さは急に身体に来ることがあるそうですので、先生も奥様も、くれぐれもお大事にしてお過ごしください。
                              佐賀典子  」

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fuji-teivo について

佐々木孝(ささき・たかし)  1939年北海道帯広市生まれ。上智大学外国語学部イスパニア語学科、同大学文学部哲学科卒業。清泉女子大学、常葉学園大学、東京純心女子大学教授などを歴任。専門はスペイン思想・人間学。定年前に退職し、父祖の地・福島県南相馬市に転居、現在に至る。主な著書に『ドン・キホーテの哲学―ウナムーノの思想と生涯』(講談社)、『モノディアロゴス』(行路社)、『原発禍を生きる』(論創社、これは香港、韓国そしてスペインでそれぞれ翻訳出版された)、『スペイン文化入門』(彩流社)など。訳書にオルテガ『ドン・キホ-テをめぐる思索』(末来社)、同『哲学の起源』(法政大学出版局)、マダリアーガ『情熱の構造』(れんが書房新社)、ビトリア『人類共通の法を求めて』(岩波書店)ほかがある。  なお著者はブログ「モノディアロゴス」(http://fuji-teivo.com)で発信を続けるほか、『モノディアロゴス』シリーズを初め20数冊の私家本(呑空庵刊)を作っている。
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