日西翻訳通訳研究塾塾頭・碇順治先生による特設追悼ページ

父の急逝する前まで、私も碇先生から通信指導を受けていました。その碇先生が、父の帰天後、ご自身の塾のHPに特設の追悼ページを作ってくださいました。父の仕事を紹介する最良の、唯一のまとまったウェブページになっています。以下のリンクをぜひお訪ねください。

【スペイン哲学思想研究の第一人者 “佐々木 孝” 先生を偲ぶ ページ】


http://www.e-yakushiyo.net/Sasaki_Takashi.html?fbclid=IwAR0EG5i23MJgXWmjgIVj8S8PC24uVvIgREwfukhwvisEvNgL-26baIDnENE

スペイン哲学思想研究の第一人者 “佐々木 孝” 先生を偲ぶ ページ
 
=== 小塾の塾頭のご挨拶 ===
 
2018年12月20日(木)、佐々木 孝先生が帰天されました
その約1週間前の12日、先生から「昨日のCTスキャンの結果(中略)どうも肺がんらしい。(中略)予想もしなかったけれど、こうなれば受けて立つしかない。(中略)今後ともよろしく。戦い抜きます」と言う短いメールが届いていました
先生が戦い抜くと言われる限り、そう信じて疑いませんでしたし、昨今の医学の目覚ましい発展によって小生の友人や肉親も、みんな元気で退院してきていましたから、「先生が仰るように、正面から堂々と『受けて立って』頂きたい。お大事になさって下さい。祈っています」と その返信を締めくくり、年明けになるであろう退院の知らせを待ってい ました・・・

先生が如何に偉大な人物だったか?本邦のスペイン研究者の中でも異彩を放つ極めて重要な研究者であったか?について、今さらここで改めて小生が申し上げる必要はないでしょう
スペイン学の研究者の端くれとして歩み出した頃から、ずっと先生は雲の上 の人として燦然と輝いておられました
そのような傑出した大先生と小生との人生に接点ができました。しかしそれは実に残酷で悲しい 接点で、小生は当時、この人生のイタズラに戸惑い驚きました
「東日本大震災と福島第一原子力発電所での事故」が機会 をくれたからでした
しかしその機会が小生に与えられたこと自体は『光栄』以外の何ものでもなかったのも事実です。しかも、先生の福島のお宅を何度か訪問する中で更なる展開が待ってい ました
先生の作品の一つに、小生が編者として参加させて頂けると言う得も言えぬ光栄でした・・・
しかしこれを機に、また同時に、実に残念なことではありますが、21世紀の若者たちの中には、先生の存在 も業績も知らない人もいることを知らされました
たまたま小生が小塾を主宰していたこともあり、このHpを活用 することで、先生の叫びを拡散するお手伝いをしつつ先生ご自身を 拡散することにし、そしてこの度、それらを1箇所に纏める案が浮上し、このページの誕生とな った次第です

[D.E.P.] 2019年01月31日(木)碇 順治