忘却の波に抗して


 さぼりまくった後にあまりにも短い文章で気が引けているところに思わぬ援軍。と言って私宛の私信でしたが、でもあまりに面白いのでそのまま篋底に秘するは忍びがたく、ご本人の許しを得ぬままここにご披露申し上げる。呑空庵々主敬白。

「佐々木孝先生
深夜に恐縮です。
 キクラゲのエピソードに思わず笑いを誘われました。なかなか思い出せなかったとお書きですが、奥様の介護のいっぽうでなんとか記憶を取り戻そうとなさっている先生のご様子がありありと浮かぶようで、不謹慎ながらユーモアをどうしても感じてしまいます。
 同じような経験に昨今しばしば当惑させられ、あるいは失笑させられるようになってきた当方にとっては、とくに身に染みるユーモアですね。
 少し前に安岡章太郎の『果てもない道中記』のことをお書きになっておられましたね。あのくだりを読みながら、一種の既視感に見まわれたと思いました。確か自分もむかし購入しておいたはずで、未読ながらどこかにあるはずだが……この際だから一読してみようと思い立ちました。
 ところが、書棚のどこにも見あたりません。床にひら積みにして他の書籍の山の陰にでもなっているらしいが、探すのはちと骨が折れる。いずれゆっくりと……。
 そう思って、当面手に取るのはあきらめることにしました。
 それが、こんど遠野に帰省したおり、書庫に入ったところ、なんと、かの本が上下二冊とも並んでおりました。しめた、こんなところに。二冊とも書架から抜き出しました。では帰京の車中で読み始めるとしようか。
 ページをぱらぱらめくっていると、傍線がいたるところに引いてありました。あれっ、新本で購入したはずだったが?  上巻の最後のページをひらいてみますと、日付が書き込まれていました。「2004年某月某日読了」まちがいなくわたし自身の筆跡です。念のため下巻もあらためますと、やはりいたるところ傍線が引かれ、巻末のページには読了の日付の書き込みが。
 要するに、わたしは十三年前に、この本を上下巻ともかなりの熱心さで熟読し終えていたわけなのでありました。にもかかわらず、何一つ記憶に残ってはおりませんでした。
 先生が述懐されたことが、さらに完璧なかたちで自分に適用されようとは。ああ、こういうことなのか、年を取るとは、とほろ苦い思いのうちに合点しました。
 記憶には自信があったほうですが、このようにごっそりと抜け落ちるものとは思いもよらないことでした。
 拙著の一冊の帯の背に、「忘却にあらがう」と大書されています。主観的にはその心構えを維持しようとして来ましたが、生理的にはあらがいきれないのが現実のようです。
 かれこれ十年も前に俳優の仲代達矢の芝居にかける情熱をテーマにした特集番組が放映されたのを見ましたが、仲代の部屋の壁という壁に、これから舞台にかけようという芝居の台本の台詞を記した紙がベタベタと貼りつけられていました。朝起きるとすぐにうろうろ歩き回りながら俳優が台詞の暗記に取りかかるのです。なかなか覚えられないため、台詞を数行ずつ書き付けた紙を、あらかじめ壁に貼り付けておくわけです。忘れては叩きこみ、忘れては叩きこみ、まさに忘却とのたたかいです。老境にあることを自覚した役者のすさまじいたたかいです。わたしは気迫のすごさに打たれないわけにはいきませんでした。
 講義、講演、講座をやることも、ある意味では役者の舞台に似ています。ただし、決められた台詞に束縛されないという自由が相対的にはあります。そのおかげでやって来られたわけでしたが、これからもしばらくは人前でしゃべることが続けられるとしても、いままでのようなわけにはいきますまい。データをメモした紙切れなり手帳なりが手元にありませんと、演壇で無様に立ち往生しかねないわけです。
 それとも、思い出せないことどもは狡猾に迂回しながら、口から出放題にしゃべりまくる厚顔さに居直るか、ですね。
 小林秀雄はかつて若いころは明治大学でおしえていましたが、毎回講義はせず、学生になにか質問させ、それを受けて語るのが常だったそうです。質問がなければ、教壇で椅子に腰掛けて煙草を吹かし、一本吸い終わってもまだ質問が出なければ、その日の授業は終わったことにして、どんなに時間が残っていようとさっさと帰ってしまった、と当時の小林の授業を聴いたわたしの恩師の一人が聞かせてくれたことがありました。
 その小林も後年座談会のおりに語っていますが、六十歳になったあたりから、講演でしゃべるときは年号や名前を書き付けたメモを手元に置くようになったそうです。メモの用意がないとあぶなくて仕方がないと述懐しています。
 いっぽう、気持ちがいいほどあっけらかんと自らの記憶力の減退を受け入れていたのが映画監督だった新藤兼人でした。百歳まで生きて五年前に物故しましたが、生涯の最後近くまで現役だったこの監督は、最晩年に制作された特集番組のなかで、ものをおぼえてもすぐに忘れてしまうと言いつつ、同時に、忘れたら億劫がらすにまたおぼえます、とたんたんと語っていたのが印象に残りました。
 受け入れざるを得ないものに神経質に刃向かう代わりに、受け入れながらも流されてしまわない、または波が立つように神経を苛立たせる代わりに、むしろ悠々と波に浮かぶように生きる、と申しましょうか、生きることの達人の飄々とした姿をかいま見るような気がしました。
 記憶の欠落に愕然としたり、じたばたしているわたしなどは、古希を迎えたからと言って、そのじつまだまだ人生の修行のトバ口に立ったばかりかもしれないわけですね。」

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キクラゲだーっ!


 美子の食事の介助、と言ってもエンシュアという缶詰の栄養剤にとろみをつけたものを匙で口に運ぶだけのことだが、ゆっくり間隔を置いての作業だから途中いろんなことを考える。今晩もなぜか、いや明日Kさんが赤ちゃんを連れて遊びに来てくれることからの連想だったが、子供たちがまだ1、2歳の頃のことを思い出していた。南武線の稲田堤というところに住んでいたころのことだ。

 少し大きめの乳母車に双子の赤ちゃんを乗せて買い物に行く美子の姿が浮かんだ。そうだあのころ面白いことがあったっけ。つまり八百屋にしか売っていないものを魚屋さんで買おうとして、「奥さん、それはね、八百屋さんに行かなきゃ売ってないよ」と言われた事件。はて、それは何だった?

 このごろ特に、はっきり言えば一日一回は、固有名詞が出てこないで往生することがある。今晩もどうしてもその商品名が出てこない。まだ買い物に慣れない若妻の美子が間違えたその商品は? 魚屋さんにあると思ったんだから、何か魚の名前が付いた野菜? さてなんだったろう?

 エンシュアを美子の口に運びながら考えたけど、どうしても出てこない。イワシ、サンマ、果てはタコまでいろいろ考えてみるのだが。その名前に行きつく回路に目詰まりが起きてしまって、そのまま放置するとその回路は塞がったままになってしまう、なんて考えたら頭が痛くなってきた。

 でも出てこない。もうやーめた、と思った瞬間、急に思い出した。そうだキクラゲ、キクラゲだーっ!!!!
 
 そんな悪戦苦闘のことなど我関せず焉、と美子はめでたく完食。あゝこれでスッキリ!

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長い休講のあとで


 隣のコメント欄でセミナーハウス長の澤井さんが心配しておられるが、申し訳ない、体調をくずしていたわけでも、何か怪しい事件に巻き込まれていたわけでもない。ごく簡単に言えば生来のなまけ癖がつい長引いただけの話で、本当に申し訳ない。その間、何をしたか。もちろん介護業務は滞りなく果たし、その合間あいまを縫って豆本作りも怠らなかった。ちなみに現在、日本語版は1700、スペイン語版は250に到達。スペイン語版はフェルナンドさんが雑誌に紹介記事を書いてくれたりして、スペインにも平和菌が広まりつつあることは嬉しい。

 いやそんなことより、実はこの半月あまり、例のスペイン語版作品集の翻訳が大詰めに来て、一昨日、ついに最後の翻訳がハビエルさんから届いたばかりなのだ。つまり翻訳はハビエルさんだが、作品集の構成その他のことに没頭していたというのが今回の長期休講の本当の理由。これまでの翻訳すべてをB6版の仮綴じ本にしたら、厚さ5センチ5ミリにもなった。もちろん袋とじ印刷だから実質はその半分の厚さだし、実際に本になる場合にはA5版だろうから、もう少し薄くなるはず。

 要するにこの分厚い仮綴じ本を読み直したり、撫でさすったり(?)していると、あっという間に時間が経っていたというわけ。どんな作品集か分かってもらうために、その書名と目次をご紹介しよう。ちなみに収録作品のほとんどすべてはネット上で読めますので、お時間のある時にでもどうぞ。

         平和菌の歌 佐々木孝作品集  
               F.ハビエル・デ・エステバン・バケダーノ訳

           目 次
序詞  ゴヤ「砂に埋もれる犬」   

       第一部 作品        
   いまだ書かれざる小説へのプロローグ         
   ピカレスク自叙伝                 
   修練者                      
  転生                       
  A・M・D・G                  
  切り通しの向こう側                
  ビーベスの妹                  
    補注「スペイン思想の中のサラマンカ」 

    第二部 モノディアロゴス   
  双面の神                  
  小鴨と深淵                 
  理性と感情                 
  渚にて                   
  生成の場に立ち会う             
  霧の中の覚醒                
  秋を愛する人は 
  道に迷ったアラブ人            
  行間を読むということ          
  妄想と溜息の中で            
  実にあざとい!     
              
   後書きに代えて 
    東日本大震災・原発事故を被災して(ソウル大統一平和研究所へのメッセージ)

    第三部   付録                  
  メディオス・クラブ・マニフェスト      
  スペイン語圏の友人たちに          
  平和菌の歌                 
  平和菌の増殖・拡散に向けて       
  撒こう平和菌の歌              
  南相馬に残った夫婦の四十八年        

`      解説 フェルナンド・シッド・ルカス

 以上である。実は最初のうち書名は、作品の中でちょっと自信のある、それにスペインの読者のことを考えて「ビーベスの妹」を考えていたのだが、しかし作品全体を表すものとして「平和菌の歌」に決めた。
 このスペイン語版作品集は年来の望みで、これができないうちは死にたくない、とまで考えていた。まだ出版の引き受け手も本決まりでないのだが、しかし不幸にして当面不首尾に終わったとしても、ここまでやったことでホッとしている。もちろん出版まで最善を尽くすつもりだが、でも……いや最後までしつこく食い下がろう。
 まるでビックリ箱のように雑多なものが詰め込まれた作品集だが、一人の人間の生を過不足なく表すものとして、この形しかないと今では自信を持っている。
 長い休講のあとなのに、大風呂敷を広げてしまったようで申し訳ない。

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老境と読書


 テレビ番組を見て楽しむなんてことは最近めったにしないが、この間からのWBCの試合は準決勝までの六試合を、美子の夕食の介助をしながら鏡像で、つまりテレビ画面が見えるように鏡を布団の上にセットして、結局は全部見てしまった。

 ところが昨日、ドジャー・スタジアムでのアメリカとの準決勝だが、日本時間の朝十時からのはずが、なんと2時間前から原・元監督などをゲストに番組が始まっているではないか。これじゃ騒ぎすぎだろう、ともちろんそんなものは見なかったが、しかし肝心の試合、なんとも期待外れに終わった。筒香や中田の大砲も音無し。エラーで得点献上の埋め合わせでライト方向にホームランを打った菊池は辛うじて及第点を取ったが、なんとも気合の入らぬ選手たち。「世界一奪還」など鳴り物入りで始まった今年の試合だけど、やっぱ事前の騒ぎ過ぎで選手たち疲れたんとちゃう?

 負け試合濃厚になっても、選手たちに悲壮感は見られず、中には笑顔のまま。高校野球並みとまではいかなくても、みんなで円陣を組んで気合を入れるとか、もう少し本気度を見せてほしかったなあ。もっと気楽にみればいいのだが、昔から国際試合となるとバリバリの愛国者(愛国主義者ではありませんぞ!)になるのは治りそうもありません。

 そんなこともあって読書の方も気が入らず、相変わらず大江の健ちゃんの三部作最後の『さようなら、私の本よ!』に難渋している。気分転換にと、二階の段ボールにまだ残っていた祖父・安藤幾太郎の蔵書を4冊ほど持ってきて蘇生術を始めた。まず徳富健次郎の『青山白雲』(民友社、明治31年)、次いで滝沢馬琴(興邦)の『南総里見八犬傳(中巻)』(博文館、明治42年、20版)。両著とも堅紙で表紙を補強して茶色の布をかぶせ、見事に蘇った。健次郎の方はもちろん読めるが、馬琴の方は中巻だけであるのはともかく、私の読解力では読めそうにもない。例えばこんな文章である。

「交遊の厚薄き。只その損益二友にあり。こゝをもて。その志愜(あわ)ざるものは。肝胆も猶胡越のごとく。その志同じきときは。千里といふも合壁に似たり。、、、」

 読点のところが句点になっているのは誤植にはあらずして原文のママ。ともかく私にはすんなり読めそうにもない。こんな文章が1214ページも続くのだ。助けてくれー!

 しかし中巻であることもそうだが、このまま読まないで放置しておくのは、どうも気になる。調べてみると岩波文庫から十巻本で出ているようだ。少しは読みやすくなっていそうだが、でも値段はかなり高くつく。話の概要をつかむためなら子供向けの要約本でも間に合うだろうが、私のプライド(?)が許さない。それでアマゾンで調べたら白井喬二現代語訳(河出文庫版)があった。これならわが能力とプライド双方をある程度満足させるだろうと注文しようとしたが、これも上下二巻で二千円近くになる。残された時間と体力(?)を考えると、読めもしないものに二千円の出資はちともったいない。しかしさらに調べてみると、同じものが1976年に一巻本でも出ているではないか。これだと168円+送料267円で買える。決めた!これで博文館刊の中巻もなんとか読めるようになるだろう。

 ところが話はこれだけでは終わらない。つまり大長編物で不意に思い出したのが中里介山の『大菩薩峠』、そしてたしかこれについて安岡章太郎さんが長編評論を書いたのではなかったか、と思い出したのだ。それで二階廊下の本棚からその二巻本を持ってきた。『果てもない道中記』(講談社、1995年)である。これは氏が胆石の発作に心筋梗塞を併発して半年ばかり入院した際に無聊を慰めるために全巻を読み通し、そのあとめでたく癒えての療養の日々に書いたもの。つまり71歳から75歳までの4年簡雑誌『群像』に書き続けた作品で、第47回読売文学賞随筆・紀行賞を受賞した力作長編である。

 ここまで書いてきたが、しかしご覧の通り、すべては老境と読書というテーマに沿っているわけだ。大江健三郎の三部作のその主題についてはすでに述べたが、安岡章太郎さんの『果てもない道中記』の主題も、老境に差し掛かった、というより迫りくる死を前にした作家の覚悟みたいなものの表白である点でも同一のテーマを追いかけている。大江のそれが『ドン・キホーテ』とT.S.エリオットがそのご相伴を務めているとすれば、安岡章太郎さんのそれは『大菩薩峠』ということだ。もっとも安岡さんの場合、以後最後の作品まですべて悠揚迫らぬ「死の観想」だと言えなくもないが。

 安岡さんは92歳で亡くなられたが、大江さん(おやいつの間にか「さん」呼ばわり)はまだ82歳の現役作家である。大江さんのものが一段落したら安岡さんの『果てもない道中記』を読み直そうか(もしかして今回が初めてか?)。
 とにかくわが人生総括にいい先導者が見つかって良かった良かった(笠智衆さんの物真似で)。

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総括に向けて


 『ドン・キホーテ前編』はまだ第13章で止まったままである。先日も書いたように、同時に読み始めた大江健三郎の『憂い顔の童子』に予想以上に手こずっている。それならやめてしまえばいいものを、何か気になる。それは著者自身と思しき主人公・長江古義人(ちょうこう・こぎと)が故郷に戻って自分の生涯の総決算を『ドン・キホーテ』の骨格をなぞりながら試みようとしているからだ。

 おまけに作品の複雑な構造、つまり本作品以前に書かれたことの経緯を細部まで踏まえながら、そしてそれに新たな意味づけをしながら、同時に現実に起こる様々な出来事やら事件やらを絡ませるという多層構造になっており、さらに彼の文体そのものが私の老いた脳髄ではすぐには理解できないほど難解ときている。このもつれに堪えられなくなって、前述したように何度も放り出そうとしたのだが、いろんな意味で現在の私自身が置かれている位相と類似性を持っているらしいので、結局は最後まで読み通すであろう。そうしないとどうにも納まりがつかないのだ。

 それだけでなく、この『憂い顔の童子』が最後の(かな?)三部作の二番目に当たっていることで、最後までとなると、他の二書をも読み通さなければ完結しないから始末が悪い。どこかでもう書いたことだが、現存する作家でそのほとんどの作品をそろえている作家は他にはいない。今そろえている、と言ったが、文字通りそろえているだけで初期、中期の作品のいくつかを読んだ以外、そのまま積ん読状態である。要するに、私にとって大江健三郎は光さんのことも含めてどうにも気になる作家であり続けてきたのだ。

 先ほど三部作といったが、具体的に言うと『憂い顔の童子』(2002年)は、『取り替え子』(2000年)と『さようなら、私の本よ!』(2005年)の中間に位置する作品である。それなら『取り替え子』に戻って最初から読み始めればいいものを、半分近くまで来て今さら戻るのも癪とばかり、強引に読み進めている。

 先ほど、私の現在置かれている位相と言ったが、例えば登場人物の一人、古義人の研究家でもあるアメリカ人ローズさんの次のような古義人観にもそれは表れている。少し長いが引用してみよう。

「私が幾度も幾度も『ドン・キホーテ』を読むのは、そうした探求のためなのね。古義人がアカリを連れて森のなかに帰って来たのは、あなた自身たびたびいうように、老年に入ったと自覚するからでしょうけれど、もうひとつは、「読みなおす」ことのためじゃないですか? それも、あなたの場合、他の作家作品を読みなおすのじゃない。それをふくめてもいいけれど、なにより大切なテキストは、あなたの書いたこと・してきたことのすべてだと思います。
 古義人は、自分の書いてきたこと・してきたことを、その構造のパースペクティヴのなかで読むのじゃないでしょうか? それが、言葉の迷路をさまようのではない、老年に入った人間の生死の、方向性のある探求になることを望むわ。」

 これはまさに原発事故以後、私が初めは無自覚に、そのあと徐々に意識的にやろうとしてきたことではないのか。ここで白状すれば、実はここ十日ほど大江作品と並行してゆっくり(これはわざとじゃなく、読解力の衰えからだが)読み進め、昨日ようやく読み終えたのは、今から40年ほど前に発表した『ドン・キホーテの哲学―ウナムーノの思想と生涯』(講談社現代新書、1976年)なのだ。しっかり読みなおすのはこれが初めてである。雑誌や紀要などに文章を書いてきたが、一冊の本にしようとして書いたのはこれが唯一の作品。若書きの未熟さは随所に目につくが、しかし改めて読んでみると私の世界観、人生観の基礎構造はこの作品の中にすでに明瞭に表れていることに我ながら驚いている。この本を含めて、残された時間の中で何とか自分のこれまで書いたものを再読し再考しようと思うが、もう一つぜひやりたい作業がある。それは美子の卒論”The Prufrockian World”(プルーフッロク的世界、私家本『峠を越えて』に収録済み)の和訳である。

 そうした思いにとらえられたのは、大江健三郎の三部作の最後に来る『さようなら、私の本よ!』では、『憂い顔の童子』におけるセルバンテスの『ドン・キホーテ』の役回りを、T.S.エリオットの詩作品、特に「ゲロンチョン(小さな老人)」が担っていると知ったからである。もし美子が和訳のことを知ったら大喜びするだうと考えると、複雑な思いがするが、なに分かってもらえなくとも構わない。孝が美子と二人の人生の総決算をしようとしていることを絶対に喜んでくれると信じて作業を進めるつもりだ。

 今さら本格的にT.S.エリオットを読むつもりもその時間もないが、少なくとも美子の卒論にまつわる彼の作品ぐらいは読みたいと思っている。それには。認知症発症後、後の祭り(?)とは思いながら買い求めた中央公論社版『エリオット全集全五巻』や”Complete Poems and Plays of T.S.Eliott”(Faber and Faber,1978)が役に立つであろう。

 私たち二人の人生の総括のための貴重なヒントを与えてくれた大江健三郎氏に感謝したい。どなたか彼と繋がりを持っている方がおられたら、「おかしな二人組〈Pseud couple〉」(『さようなら、私の本よ!』第14章タイトル)ならぬ「真正な二人組(Genuine couple)」よりとして、この感謝の気持ちを伝えていただければ幸いである。

※ このごろ頭が疲れると、先日本箱の隅から見つけて装丁し直した一冊の子供向けの薄い英語の本を2、3ページ読むことにしている。それは”More Funny Stories”(Oxford Univ.Press,1991)で38編ほどの小話の入ったやさしい英語の本である。私の英語力でも読める(ぴったりの?)英語で書かれていて、それをゆっくり読んでオチが分かると、不思議な安らぎを覚える。特に大江健三郎の本を読んだ後など、実に効果的だ。買った覚えもないし、もらった覚えもない本だが、ユーモア・センスあふれる挿絵がまた心を和ませてくれる。

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