我が家に馬来たる


 馬と言っても頭部も脚部も無い胴体だけの馬である。と、ここまで書くと、勘のいい人は、ああロデオボーイのことかと気づくであろう。そう、そのロデオボーイが我が家に来たのである。何のことはない、健康器具の一種である。

 2002年に帰省した当時は、散歩の途次、夜ノ森公園下のテニス場を横目で見ながら、いつかここのクラブにでも入って二人でテニスしようなどと言うだけで機会を逃していた。それでも美子が歩ける時は毎日のようにその夜ノ森公園や新田川河畔を散歩したものだが、五年ほど前から歩くこともできなくなり、今では身動き一つできなくなった。それで私自身もすっかり散歩から遠のいてしまっただけでなく、一切運動という運動はしなくなって、足腰がずいぶん衰えたと日増しに感じるようになってきた。
 これではいけない、と一週間前ほど前から、以前買ったまま放置してあったルームマーチという足だけ自動的に動かす器具を一日二、三回、それぞれ10分ほどテレビを見ながら、あるいは両腕を振り回しながらやっている。しかしこれだけでは太ってきた腹部や、美子をベッドから車椅子に移動させたりおしめ交換などの後に感じる腰痛に対応できそうにもない。テレビのコマーシャルでお腹にパットで張り付けて電池でぴくぴく動かすやつもなにか気持ち悪いし、ましてや床にうつ伏せになってローラー状の器具を両手で握って動かすほどの筋力もないし、などと迷っているときに、アマゾンでこのロデオボーイに出合ったわけだ。これだと予測もつかない動き方をする鞍に跨(またが)ってバランスを取るだけなので、無精者の私にぴったりの器具だ。

 思えば、これまでまともにスポーツをしないで来てしまった。もちろん小学生の時は、ばっぱさんの作ったかっこ悪いユニホームを着て人並みに野球をしたし(頭も体もいい級長のA君にマウンドを奪われてやる気をなくしてしまったが)、中学生になってからは剣道を少し、そして高校生になった初めのころは柔道部に入って少しはやる気を出したが、柔道着が無くなるか盗まれるかしたのを機に、退部してしまった。大学時代は全く何もしなかったが、広島のイエズス会修練院ではサッカーの真似事みたいなことはした。しかしドリブルとかいった技術など習得せず、ただただ走り回った記憶が残っている。

 この夏78歳になって、遅蒔きながらすこし体を動かさなければ、といつの間にか「池中玄太80キロ」(西田敏行主演の古いテレビドラマ)を超える重い肉体を見ながら考え始めた。と言って散歩もかなわず、ダイエットなどは面倒くさい。家にいながら、しかも続けられる運動はと言えば、どうしても健康器具に頼らざるを得ない。

 と長い言い訳をしたが、さてこのロデオボーイ、果たしてそれなりの効果があるのかないのか、それはひとえに私自身の決意次第、というより持続意思次第というわけですな。

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曇りのち晴れ


 南の方では台風被害で大変らしい。幸い私の住んでいる相馬地方は昔から台風被害はたいして無かったと思う。確か中学生のころ、そのころ住んでいた駅前の平屋の借家が床下浸水に遭ったことをぼんやり記憶しているくらいだ。

 アメリカのハリケーン被害も相当深刻だったらしいが、メキシコの地震も甚大な被害が出ている。震災後知り合ったマルコ・アントニオさんはメキシコシティに住んでいるので心配していたが、昨日のメールでは停電が長時間続いたが今は復旧したそうで一安心。しかしマグニチュード8・1の地震からわずか12日後、またしてもM7・1の強烈な地震が襲ったそうで、犠牲になった200人以上の死者の中には、倒壊した小学校の子供たち多数も含まれていたようだ。1985年のメキシコ大地震の時の死者が一万人だったことに比べると……いやいや比較の問題ではない、亡くなられた方々、特に子供たちの冥福を心から祈るしかない。

 しかし自然災害もさることながら、いま国連を舞台に繰り広げられている愚かなドタバタ劇の方はまさに人災。チキンレースで過激な演説をぶちかましたトランプに同調している我が国首相のみっともない姿。かつで国際連盟の議場から憤然と退席したかつての日本の政治家たちを髣髴(ほうふつ)とさせる北朝鮮の代表だが、すっかり洗脳されている北朝鮮国民は、かつての日本人たちが「欲しがりません勝つまでは」と困苦に耐えたように、おそらく脅しにも経済制裁にもあまり成果は期待できないのではないか。いつもは嫌いな政治家に属するプーチン大統領だが、案外彼の言っていることは正鵠を射てるかも知れない。つまり金正恩(キム・ジョンウォン)は国民の命と幸福など意に介さない独裁者だからだ。国民の大半が半ば栄養失調だというのに、あの太りようはどうだ。

 安倍首相はトランプに同調して対話の可能性を放棄したようだが、少し軽率・短兵急ではなかろうか。しつこく粘り強く好機を待つべきだ。大事なのは為政者たちの面子などではなく、どちらの側にもいる子供たちや病者・老人を含めた国民大衆なのだから。

 自然災害そして国際政治の危機的状況の話で暗い話題が続いたが、しかし今日の午後久しぶりに、明るいニュースが流れた。もしかして日本の新聞各社にとって話題にしにくいニュースなのかも知れないが、韓国紙がかなり詳細に報道したようだ。単細胞の国粋主義者たちとしてはできれば無視したいではあろうが、私としては、下品で愚かな政治家たちとは対照的に知的で品位ある方々の賢明な、そして時機にかなった決断として歓迎したい。面倒なので時事通信が報道したままを以下にコピーする。

9/21(木) 15:03配信
「 韓国紙「歴代天皇で初」と詳報=埼玉の高麗神社参拝
 【ソウル時事】21日付の韓国主要各紙は、天皇、皇后両陛下が20日、古代朝鮮半島にあった高句麗からの渡来人を祭った埼玉県日高市の高麗神社を参拝されたことについて、「私的な旅行の一環だが、歴代日王(天皇)で初めて」と写真付きで詳しく報じた。中央日報は、天皇陛下が2001年の会見で「桓武天皇の生母が百済の武寧王の子孫であると、続日本紀に記されていることに、韓国とのゆかりを感じています」と述べたことなどを紹介。「韓国の歴史と文化に関心を示してきた」と伝えた。

 中央日報や朝鮮日報によると、陛下は、神社を案内した宮司に「高句麗はいつ滅亡したのですか」「高句麗人と百済人は、どのような違いがあるのですか」などと質問し、強い関心を見せたという。「 東亜日報は「天皇は訪韓に意欲を示してきたが、実現していない」と指摘。「18年12月または19年3月に退位するとみられており、在位中の訪韓は難しい状況だ」と解説した。」 

※ 翌朝の追記
 いま話題の秋篠宮家の悠仁ちゃん(第3子男児親王)には、会津藩士を先祖に持つ川嶋家の血が流れているとのこと。そうなると数十年後に会津藩士の流れを汲む天皇の誕生もあり得、旧会津藩は晴れて朝敵の汚名から解放されるわけだ。べつだん皇室ウオッチャーではないが、同じく旧会津藩士の血を引く貞房にはちょっぴり嬉しい流れではある。誰が考えたシナリオか分からないが(たぶん自然の流れだろう)、なかなか味な成り行きである。

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ミセレーレ(憐れみたまえ)


 生きている以上、不如意なことやら腹立たしいことが次々と起こるが、そんな中、相変わらず美子が元気でいてくれるのが何よりの支えになっている。

 ちょうど78歳になったあたりから、そんな日々を送ってきたが、しかし思い返せば肉体的にも精神的にももっとつらい時期も通り抜けてきたんだ、なにを今更、と思うことにしている。

 でも感心に豆本作りだけは途切れずに続けている。たまったものは適宜さばいている。先日は平成ふるさと講座(だったと思う、主催がメディオス・クラブなのに岩本先生と西内さんにすべてお任せして、講座名さえ忘れている、恥ずかしい)の参加者への連絡郵便で60冊ほど拡散してもらった。

 このあいだも、仙台の兄神父が主宰する聖書研究会のメンバーであるK・Nさんを通じて何人かに豆本を差し上げて宿主になってもらったが、そのK・Nさんが終戦時、陸軍士官学校から無事復員したお兄さん(その後若くして病死)の思い出を読ませてもらい、テルツァーニの『反戦の手紙』や読者投稿を集めた『戦争』(途切れ途切れに読んでいてまだ読み終えていない)と合わせて、さらに反戦への思いを強める力をもらった。

 そしてその文集と一緒にいただいたルオーの版画集『ミセレーレ』(宮城県美術館発行)を今日改めて手に取り、それが反戦への強いメッセージが込められた作品であることに遅蒔きながら気づいたのである。ルオーはこの作品群を第一次世界大戦の衝撃から発想し、当初「戦争とミセレーレ」を総タイトルとして考えていたようだ。個人でその「ミセレーレ」全58点をすべて所有しているのは稀らしいが、大阪在住の佐藤吉重さんが所有し、初め「ひろしま美術館」に委託していたが、東日本大震災のあと、東北の人たちを力づけるため宮城県美術館に寄贈したそうだ。私は美術館には行けないが、どなたかぜひ実物をご覧になっていただきたい。

 その版画集だが、今日の午後、つい暗い方へ傾きそうな自分を叱咤激励するためにも、ただの白い表紙だったものを少し厚手の紙で補強し、さらに豆本用に取っておいた布をその上に貼って、ちょっと豪華な美術本に仕上げた。

 ついでに少し早めにお知らせすると、来年はスペインのサラマンカ大学創立800周年と日本・スペイン友好150周年(つまり両国が再度友好関係を結んでから)が重なるので、スペイン大使館とサラマンカ大学がいくつか記念行事を企画しており、それに執行草舟さんの戸嶋靖昌記念館が参画することになっていて、サラマンカと東京でウナムーノ(かつてその大学総長であった)と戸嶋靖昌を顕彰する展示会の企画が進行中。そしてその一環としてだいぶ前から絶版になっていた拙著『ドン・キホーテの哲学 ウナムーノの思想と生涯』が三篇ほどの論考を加えて、執行さん監修で復刊されるという嬉しいニュースもある。実は先日、執行さんが書かれたかなり長文の「復刊後記」のゲラを学芸員の安倍さんが内緒で見せてくれたのだが、自分がこれほど高く評価された経験がないのでついつい舞い上がってしまった。長く生きているとこういう喜びも味わえるということだ。

 いや話が自分のことに逸れてしまったが、ルオー版画との関連でぜひお伝えしたかったのは、その記念行事に花を添えるもう一つの企画、すなわちウナムーノの詩集『ベラスケスのキリスト』の翻訳である。訳者は安倍三崎さん。実はもし彼女から何か聞かれたら困るな、と思いながら、それでも一応原著を目の前に置いて時々読んではいるが、正直私には歯が立ちそうもない。ハビエルさんに助けてもらえるそうなので、実は一安心。

 いやいや肝心なことは、ルオーの『ミセレーレ』の根本主題がキリストの受難であるように、このウナムーノの詩集もまたベラスケスの十字架上のキリストを主題にしているということで、おそらく戸嶋靖昌さんが愛読していたことを知っている執行草舟さんの強い願いがこの企画に繋がったんだろうと思う。この機会にむかし恩師・神吉敬三先生と共訳したウナムーノの『キリスト教の苦悶』も読み直さなければ。

 ともあれ北朝鮮のミサイルが何度も日本上空を飛んでいるというときに、豆本作りなど、たとえ反戦・反核のメッセージとは言え、あまりにも無力な抵抗と思わぬでもないが、しかしルオーの版画から霊感を得たりウナムーノ思想をさらに深く追求することによって、我が平和菌の繁殖力と浸透力のパワーアップを目指して頑張りたい。
 
 書いているうちに少し元気が出てきたようだ。

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一気に沸点


 しょっちゅう沸騰してるように思われてるのかも知れないが、いえいえそんなことはない。通常は低温でぼこぼこ言ってるだけで、沸点に達することなどめったにない。ところが今日の午後、久しぶりに一気に沸点に達した。

 久しぶりの外出だった。まず郵便局に行き、マドリードのマルドナード神父さんに新しく「カルペ・ディエム!」と「解説」を加えた例のスペイン語版豆本を3冊、航空便用封筒に入れ、190円の切手を貼って投函。ついでに壊れていたニコン補聴器をレターパックに入れ、横浜の販売店経由で修理に出した。二つとも規格通りの正しい料金であることを確認していたので、窓口を経由することなく安心して直接ポストに投函。そのあと百円ショップに回って帰宅。

 上の二つの郵便物二つについて少し説明を加えると、カルペ・ディエムは一応は詩だから自信はなかったが、ハビエルさんに頼まず思い切って直接自分でスペイン語に訳してみた。それを何人かのスペインの友人たちにメールで送った。上智大学で初めてスペイン語を教えてくださった恩師(現在グラナダにお住まいの)もそのうちの一人で、実に見事にrevisar(補筆修正)してくださったのだ。それ以後は師のお名前を作者名と並記させて追加収録して豆本にしたことのご報告を兼ねての送付である。また後者は、中国製の補聴・集音器も結構役に立っているのだが、例えばテレビの会話などのアーティクレーション、つまり音節の繋がりがいま一つはっきり聞き取れないので、故障したまま放置していたものを修理に出すことにしたのである。

 ところがとんだものが待っていた。郵便受けの中に昨日投函したはずの封筒が入っていたのである。その時点で悪い予感がしたが見事的中。付箋が輪ゴムで止められていて、読むと重量オーバーのため28円不足と書いてあった。ザケンジャナイッ! 投函前に何度も計ったが42グラム、つまり92円の切手を貼れば文句なく送れるのに、どんなドキンガン野郎が計ったのかとんでもない言いがかりをつけやがったのだ。

 もちろんすぐ取って返して素知らぬ顔でその封筒を窓口に出し(付箋はあらかじめ胸ポケットにしまっておいた)、これでいいですか、と聞いた。すると女性局員はおもむろに穴の開いた物差しみたいなものに封筒をくぐらせ、120円になります、と来た。豆本の厚さで少しきつめだがちゃんとくぐったのに、である。いやいや話はそれではない、この付箋には(とその時胸ポケットから出し)重量オーバーとありますよ、それに厚さだって定形郵便の場合は1センチ未満ならOKのはず、ともかく係の人を呼んできなさい、とこのあたりから一気に沸点に達し、怒りの形相で声もドスのきいたものになっている。

 女性局員が奥に引っ込んでしばらくして(その間事情説明で手間取ったらしい)中年の男性局員を連れてきた。後ろの客の迷惑にならないように隅のコーナーに場所を移し、あとは一気呵成の抗議(というか罵倒)。その権幕にたじたじとなった局員にさらに畳みかける。いいかお宅らのミスでこの郵便物は一日足止めを食らったんだが、遅れを取り戻すには速達にするしかないな、分かったか、速達にせい!

 文句ありそうな顔つきだったが、こちらの迫力に押されて、はい速達にします、と来た。普段は温厚な老紳士(エッ!)が鬼の形相でまくしたてるのだからたまったもんじゃない(誰が?)。あまり長時間沸騰させると健康によろしくないので(またまた勝手なことをほざいて)帰宅したのだが、一度沸点に達した湯沸かし器、なかなか元にもどらない。そのうち今日投函したスペイン宛の手紙が明日また戻ってくるかも知れない、という恐怖に(?)襲われ、えーいっ、こうなればあらかじめ局のお偉方に予防線を張っておくしかない、と思いつめた。以下は電話のやり取り実況。

「もしもし、お宅に苦情処理係みたいなもの、ないの? ない、それじゃだれか責任者出しなさい(受付嬢、だれかを呼びに行ったらしい。そして男性の声に変わった)。あのね(と先ほどの局でのやり取りをかいつまんで話す)これでもう何回目になるかな、要するに似たようなことがこれまで何度もあって、ある時はお宅の局長さんや近隣(?)の二人の局長さん連名の詫び状をもらったけど、お宅の体質全く変わってないね。お宅らには客扱いのイロハもわからんと違う? わたしゃ関西人じゃないけど(アッタリキー)アキンドの精神ゼロつーこと。以前レターパックで問題があったときにも言ったけど、1、2ミリオバーで(その時も決してオーバーしてなかった)突き返すなんてアコギ(とは言わなかったか)な真似をして。だってそうでしょ、万が一1ミリオーバーしたってお宅にどんな実害あんの? だってそうでしょ(とまた繰り返す)、たいていのものは規定より半分以下の郵便物が流れているんでしょ。そんななか、一個の郵便物が1ミリ超えたからって、突き返すのおかしくない? あんたら民営化されたなんてとだウソっぱち、まるで税関の役人みたいに検閲ばかりしてくさる。

 黒ネコさんとかカンガルーさん(あれ違ってたかな?)と自由競争させたら、あんた方、真っ先に破産どっせ(いつのまに関西弁)。国がまだ他の商売敵にいろいろ規制をかけてるんでなんとか持ってるけど、そんな規制外せば、(あっ、これもう言ったか)…
 ともかくあんたが悪くもないのにとんだとばっちり受けて申し訳ないが、(電話の向こうで何やら納得した様子で、間違いなく部長にお伝えしますと言う)ともかく社員教育を徹底してほしい。あんたがたの仕事、連携プレーになってないよ。だって付箋付けた郵便物を配達する人だって、ちょっと手にもったら間違いが分かりそうなもの。要するにプロじゃないんだな。てんでばらばらの仕事してる。

 まっ今日はこの辺でやめとくけど、今日もスペイン宛に航空便を出したんだが、定形で40グラム、つまり190円分の切手をちゃんと貼って出したけど、万が一それが戻ってなんて来たら、殴り込みかけるからな、分かった? (電話の向こうで了解したとの返事) ではよろしくな。」

 でも明日がちょっと怖い。もし付箋付けて戻ってきたら? 殴り込みかけるなんて言ったけど、こちとらそんなエネルギー残ってましぇーん。北朝鮮の核弾頭が飛んでくるかもしれないご時世に、こちらは平和菌でなんとかそれを食い止めようと(そんなのムリムリ)必死こいてるのに、まっこと困ったもんじゃ。

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またもや瞬間湯沸かし器が…


今日の毎日新聞朝刊(Web版)にこんな見出しのとんでもない記事が載っていた。
「(島根に落ちても意味ない) 北ミサイルめぐり竹下自民総務会長

 自民党の竹下亘総務会長は三日、広島市内で開かれた党会合であいさつし、北朝鮮が米領グアム周辺への弾道ミサイル発射計画を巡り島根、広島、高知三県の上空を通過すると予告したことに関し「広島はまだ人口がいるが、島根に落ちても何の意味もない」と発言した。野党側から軽率だと批判を浴びそうだ。
 同時に「あれだけ(発射)実験をしたから多少安心していた。東京や大阪、米軍基地を狙い、間違って島根に落ちることはない。精度は相当上がったと思っていた」とも述べた。」

 大本営の作戦会議と毫も変わらぬ愚かでアホな政治家の発言だ。国民一人一人のことなど屁とも思わないで麦わらの束みたいに思ってケツかる。たぶん野党に責められていずれ謝罪撤回するだろうが、こんな恐ろしい考えの持ち主が政権政党の総務会長とは恐れ入る。不甲斐ない野党なんか当てにできないが、島根県人は心底怒り断固抗議すべきだ。思い出したくもないが原発事故をめぐる発言で同様の暴言を吐いたバカがいたが、こいつら(と下品な言葉をあえて使わせてもらうが)政権を担当している日本という国も相当いかれてる。なにっ支持率これでも横ばいだとーっ! カニじゃあるまいし横ばいなんてもってのほかだ。

 このところ立野さんに教えられてテルツァーニの『反戦の手紙』(飯田亮介訳、WAVE出版、2004年)をゆっくり読んでいる。一気に読まないのは読書力が落ちてるからもあるが、読んでいくうちに我が瞬間湯沸かし器が不気味に沸騰しだすからでもある。ともかく素晴らしい手紙だ。政治家はもちろんだが、私のようにトロンとして日を送っているすべての日本人必読の書だ。なぜいまも世界にテロが頻発しているか、その真因が痛いほど伝わってくる。いつもの小言老人の繰り言が始まったなんて思わないで、ぜひあなたも見つけて読んでくださいな。

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